うつ病の症状が出たのでカウンセリングに通って相談

仕事の繁忙期と結婚が決まるかどうかの繊細な時期の時にストレスがたまって会社では仕事の忙しさと職場がバツイチさんが多く自身が結婚したら辞めなければいけない
雰囲気の会社でしたので密かにコツコツ貯金に勤しんでおり、かつ恋愛話はタブーになっていましたので、色んな事に我慢に我慢をした結果抑えてた感情が爆発した感じでした。自分では気付かないうちにうつ症状の兆候が出て来た事がありました。何か急にダルけが出て来て会社に行くのがおっくう、そしてだるい身体を引きずって出勤するも、
仕事では簡単な事でミスが連発しました。そのミスで更に落ち込んでいたところ上司に「あんたのミスのせいでこっちが迷惑しているんだから、やる気が無いなら辞めて
くれる!?」と大声で怒られたのがきっかけで自分の中で何かが折れて、即退社してしまいました。もう働く気がなかったので親にも相談せず退職しました。

翌日からは親からは勝手に辞めた事を責められ、結婚は結局破談になり、一気にマイナス要素が出てしまい症状が家に引きこもる事になりました。
一日中寝ていた事もありました。それでこれではダメだと心療内科に行こうと思いました。始めて行った近場の心療内科では先生がスキンヘッドの先生で
怖くて正直に話せず、かつ患者さん、受付の人も暇そうでしたので心配になり、違う心療内科を探し自分に合う所を通い始めました。

そこでカウンセリングなどを受けて徐々に落ち着いて行ったと思います。またそこの病院ではNPO法人さんが発行している小冊子があり、『働いて元気になる』と
いう冊子が置いてありました。それには同じ様な症状の人が、職場で働いている体験記等が書かれていて「自分も新しい職場で、再スタートしよう」という決意が
でました。仕事は前の仕事とは給料が安くても良いからとにかく働いて人間関係を上手く自分ができる様になろうと、+に考えて再度働く事に決めました。
今自分は働いて3年目になりますが周りの人とこう会話すれば相手が不快感、自分が不快感がないだろうなと思いカウンセリングに通い、相談しながら過ごしています。
無職になって病んでしまった時は悲しくてしょうが無かったですが、今は前より気持ちが随分楽になりました、現在同じ様に悩まれている方に無理をしないそして余裕ができたら復帰する勇気を持って健康になって欲しいと思います。

(くさてる・30才・愛知県)

納得の行かないことを胸に抱えている

突然の結構生活放棄の夫のために離婚をして、その関係で、精神的にも身体的にもかなりダメージを受けて、寝込んでばかりだったり、数字が覚えられないという状況になりました。ものすごく疲れやすいということもありました。後悔もずっとしたり、自分を責めたりもしました。それでも、食べていかないと行けないと思い資格をとることにして、1年勉強をして、その後就職をしました。医療系ですが、はじめは、慣れないのもあり、また、起きてはいるのに、頭が寝ているという状況に夕方ぐらいになったりして、結構ミスもあったりしました。後から考えてどうしてこんなミスをしたのかというものもありました。疲れやすいというのは、嘘ではなくて、帰ると、寝込まないと行けないぐらいに疲れました。ミスをすると、それを怒られたり注意されて、更に、緊張するのですが、頭の回転が悪くなり、ミスが起きたりもしました。生活に慣れて来ると次第に、疲れも減ったり、休日に自分で休むこともできたので、次第に良くなって来たと思います。納得の行かないことを胸に抱えているので、気が付くと考えがそこへ行くのですが、そこへ考えが行かないように自分で気がついたら調整もしました。時間と共に治ってきたということもあります。今では、体力も仕事でついて、生活リズムもなれました。ものすごく疲れたら、休みの日に寝こむこともたまにあります。寝ようと割り切って寝ています。平日が睡眠時間がないのもあるので、眠いです。

(マロン・46才・岡山)

就職活動中に拒食症と鬱病を発症

私は大学時代の就職活動中に言葉で説明できないようなストレスを感じ、拒食症と鬱病を発症しました。
でも、当時、「自分が拒食症だ、鬱病だ」とは認めていませんでした。でも、「何か自分の中で壊れていく」
「このままでは人生のレールから大きく脱線していく」というのは感じました。
その恐怖から余計に「どこでもいいから就職を決めないと」と焦りに焦っていたと思います。
そこで何とか仮面を被って地元の中小企業に内定を貰う事ができ、「自分の人生は保たれた」と思っていました。

でも実際に働いてみると、思っていた以上に自分の症状は酷かったようで、17時の定時には逃げるように退社していたのに、
毎日9時から17時の間、自分のデスクに座っているのが苦しくて仕方がありませんでした。
そもそも新入社員の立場で、17時の終業チャイムと同時に会社を飛び出す社員は1人もいませんでした。
それだけでも目立っていたのに、お昼の時間も1人になりたくて雨の中でも屋根のある公園に出て行ったり、いきなり違う
仕事を頼まれると極度に動揺したりとかなりおかしかったと思います。

それでも何とか会社にしがみつこうと必死で、会社での8時間は仮面を被り、家に着いた途端に自分の心の持って行き場が
見つからず泣いたり喚いたり大変でした。
その生活が半年続き、ある日会社でも叫び出しそうになって退職を決意しました。

そこから2年ぐらい家にいて母親とばかり行動していました。朝から晩まで自分の将来の不安について母親に訴えていたと思います。
それでも母親は毎日その話題に付き合ってくれていました。
その甲斐あってかその2年間で自分の将来に整理がつき、公務員試験を目指して無事就職する事が出来ました。

(ねこねこ・37才・京都府)

精神疾患障害者手帳が交付され、障害者枠で就職が出来た話

サービス業として早番と遅番という不規則な勤務をしていました。大学卒業後、就職をしていあのですが27歳くらいの時から原因不明の動機や眩暈に襲われる日が続きました。貧血の症状に近かったため、内科を受診しましたがその際には特に異常はないとの事。度重なる症状から大学病院などでも検査をしましたが、特に異常はないとの事でした。その後、3年間働き続けましたが体調不良という事で退職し、別の業界に転職をしましたが転職をした3か月後の夏場にめまいと低体温で倒れ、顔面蒼白の状態と脱力感から動けなくなり救急搬送されました。病院で検査をしましたが異常がないとの事でしたが、体調が回復せず、耳鼻科や脳神経外科、総合病院にされ、甲状腺専門医に行き最終的にメンタルクリニックを受信することになりました。

メンタルクリニックでは様々な問診があり、今まで気づかなかった症状についても、考えて答えているうちに「自分が正常な状態ではなかった」とう事に気づきました。サービス業をしているときに勤務が不規則で終電で帰って翌日が始発の勤務で睡眠時間が確保できず、遅刻して開店出来なかったらどうしようという不安から寝なれない状態が続いたり、業績責任を会社から追及され、業績回復のために一日中店舗に張り付き、休みの日にも呼び出され、クレームが起きればクレーム対応に追われ家に帰ると泣いているという日々が続いてたことが当たり前になっていましたが、普通の生活ではなかったという事に気が付きました。当時、電車に乗ったり込み合ったりしているところで過呼吸を起こしたりしていたことから、当初パニック障害と診断を受けましたが、うつ病の可能性があるという事で抗うつ薬を処方されるようになりました。暫く離職をしていましたが、頼れる身内もいない為社会復帰をしようと試みましたが体調悪化により試用期間で解雇されたり、派遣会社でも途中で勤務が出来なくなるなどがあり、また離職をするということを繰り返していました。2年間のうちに5社の転職と離職を繰り返し、一般企業での就職が困難になってきました。

現在もふとしたことで、落ち込みSNSの幸せそうな情報を見ても、心から喜ぶことは出来ずという状況が続いています。うつ病と診断された後に、身体表現性障害という別の名前が診断身として着けられ、その中にうつ病の症状がはいっているのですが、手足の震え・動悸・息切れ・眩暈・体温調整のコントロールが上手くできないなどの症状や、左半身の疼痛傷害などの症状もでていまう。マイナスな発言をすれば、友人が去っていき、無理やり元気なふりをして生活を送っていますが、自宅に帰ると泣いたり落ち込んで動けないという日々。身体表現性障害という事で、精神疾患障害者手帳が交付され、何とか障害者枠で就職は出来ましたが、一般社員と違い契約社員であり給与や待遇は当然正社員とはことなり、差別社会をなくそうと大企業では障害者手帳を持っている人の採用を積極的に行っていますが、実際は身体障害者の雇用率が高く精神疾患障害者に関しては差別的な偏見や待遇は差別的な事が多くあるという事です。また、企業は障害者手帳保有者を採用しているという実績が欲しいだけの様な気がしてならないのが事実です。

手帳を取得して良かった点としては、障害者枠での雇用が決まったことです。やはり2年間に5社の転職というのは何らかの理由がなければ館あえっれない為、理由を明確にすることが出来たことはよかったと思っている反面、人事総務と直属の上司以外は理由を知らない為、同等社員としえ扱ってきますが給与に10万以上の差があり、大卒の初任給の給与よりも安く、年収で言うと前職の正社員で働いていた時よりも140万ほどさがり、正社員での雇用はなく3年MAXの契約終了という条件の元働いていることがデメリットです。金銭面で言うと、今の企業が良い方であり、もっと低い企業も多くありました。とても一人で生活できる金額ではなく、身体障害者手帳3級であれば国からの補助金等もないt目生活はかなり困難な状態です。身内が居れ話は別なのかもしれませんが、兄妹もいない上に従妹や親を含めた身内とは大学卒業後一切連絡を取って異なことから、とても苦労をしています。税金面で多少は減額がありますが、籍入れずに母子家庭という形で国からお金をもらい籍をいれていない男性と一緒に暮らしている身内などを見ると、不平等だという気持ちと、私自身生きていることに価値がるのかどうか見いだせずに、お金もない為友達と外食をする事も出来ず、様々な人間関係や不信感を抱きながら生活をしていると言うのが実態です。

(N.S・30才・東京都)

若いときに年金の未納で障害年金を申請できなかった件

8年前に、うつ病と診断されました。夜なかなか寝付けないことが続いていたのが、前兆でした。その後、しんどくて、1日中布団で過ごし、何も手につかない日々が続きました。特に、病気の原因は分からないのですが、多忙だったことや、色々背負いすぎていたことが原因ではないかと言われました。うつ病になり、2年くらいはしんどい日々でしたが、だんだん落ち着いてきて、普通に日常生活が送れるようになりました。精神安定剤は、副作用の強いものもあるようで、薬を減らしてもらうごとに体が楽になりました。うつ病を患うと、なかなか社会の中で活動できない時期もありましたが、市のイベントや格安の習い事などに参加して、なるべく社会参加するようにしました。人の中に入っていくと、時々人間関係で悩むことも出てきますが、元気をもらえることの方が多い気がします。

障害者手帳に関しては、家族が、病院で開かれている「家族会」に行ってきて、知ることができました。主治医の先生に、「障害者手帳はもらえますか?」と聞き、申請をお願いしました。手続きは、病院の方でして頂けましたので、特に大変ではありませんでした。障害者手帳を持っていて、1番メリットになるのは、税金の控除です。夫の扶養に入っているのですが、夫の税金がかなり控除されました。ご自身で車の運転をされる人は、その税金も控除されるようです。また、県や市の公共機関が無料になります。例えば、美術館や動物園などです。ただ、知り合いに知られたくないときには、施設などで障害者手帳を提示しない方がいいかもしれません。

また、障害年金ですが、私は若いときに年金の未納があり、申請することができませんでした。せめて、国民年金の免除申請をしておけばよかったと、思っています。障害年金の納付条件を満たしていているようでしたら、障害年金について主治医の先生か、ケースワーカーの方に聞かれるとよいと思います。障害年金がもらえるかどうかで、ご自分の生活費も大きく変わると思います。

(Lily・38才・愛媛県)

障害者手帳2級をもらえたが障碍者年金は落とされた話

私がうつ病を患ったのは、平成2年の夏でした。社会人2年目の時ですが、当時空調関係の営業の仕事をしてたのですが、その季節は猛暑で、尚且つバブルの時代だったので、営業しなくても売れる時代だったんですが、売れるからこそ商品が無いとか、猛暑が続くから故障も起きやすく、毎日朝から電話の嵐で、内容は謝罪に行ってくれとか、商品はまだ届かないのかとか、見積もりを早く出せとかの繰り返しで、また2年目というのもあり、人に任せるという事ができず、全部自分が背負い込んでいたので、毎日が憂鬱になり、やがて食欲も無くなり、喉は圧迫感が出てきて、何もやる気が起きない状況になって、しまいには殺されると言う脅迫概念に襲われ、それがきっかけで精神科に通い、とりあえず1ヶ月休養しました。
所属も営業から内勤に変えてもらいましたが、結局営業の時の上司と合わず、上司に悩まされ、また休むようになり、その会社を辞めました。それからというものは、転職しても脅迫概念は消えず、そのたびに休むことが多くなり、あちこち転職して、もう社員ではなくて時間が短いパートで働くようになり、年も取り転職活動をしていましたが、全然受からないので、ハローワークの紹介で、転職セミナー受けた時の先生から障害者手帳と障碍者年金の話しを聞かされ、初めてその存在を知りました。

知ったのが2年前なので、23年間存在を知らないまま働いていました。障害者手帳も障碍者年金も、通っている病院の先生に手続き用紙と診断書を書いてもらわないといけなのですが、障害者手帳は2級を貰いましたが、障碍者年金は、先生が言われてた通り申請はしましたが落とされました。障害者手帳のメリットは、広島市では、広島市運営の駐車場がタダになることとか、障害者専門の求人が受けられるとか、タクシーチケット(500円)か市内電車又はバスが半額になるだけでなく、専用カードが配布されます。私は今、就労施設A型という所で働いています。これも、障害者手帳がないと入れません。そこで、キャリアを身に着けながら、皆が障碍者なので、気兼ねなく働けます。障碍者手帳は、持つ権利がある人は、持つべきです。ただし、各自治体でサービスが違うので、そこは調べないといけません。

(のり・51才・広島県)

うつ病で障害年金を申請して取得した方法【体験談】

うつ病と付き合って21年、やっと気が付きました。これはもう完治しないのではないかと。完治しないということは、もはや病気ではなくて障害ではないかと思ったのです。主治医に相談しました。「治るのでしょうか?」「完治は難しいですね」「ということは障害ですか?」「申請しますか?」「できますか?」「できますよ。担当者から説明しますので、待合室で待っていてください」どうやら主治医はすでに「障害者」と見ていたようです。医者の方から「障害者申請しましょう」とは言ってこないようです。

障害者は、障害の程度に応じた障害者手帳を持っていて、手帳の等級に応じた障害者年金が支給されるのだと思っていましたが、実際には「障害者手帳(精神保健福祉手帳)」の等級と、「お金(障害年金)」の等級は別々に認定されるとのことです。年金のほうが厳しいようで、私の場合は手帳が2級か3級で、障害年金はほぼ3級と言ったニュアンスでした。障害年金が3級だと、障害厚生年金しか支給されません。発症当時厚生年金に加入している必要があります。私は幸い該当します。手帳と年金を同時に申請することも可能ですが、、その場合は障害年金で3級認定されると手帳が2級相当であっても障害年金にあわせて手帳も3級になってしまうとのことでした。私の自治体では、手帳が2級だと医療費が無料になります。別に申請すると診断書が2通必要になって、費用は掛かりますが、まずは手帳を申請することにしました。障害認定の診断書は5千円と高額なのです。

手帳は結局3級でした。次に年金の申請に移りましたが、これが厄介です。家族に助けてもらいながら何とか乗り切れましたが、うつ病患者が一人で申請するのはちょっときついかもしれません。年金事務所で信頼できる担当者と協力しながら進めるのが良いかと思います。申請書類からややこしいのです。初診日に厚生年金に加入していたか、5年前に遡って請求する(遡及請求)か今から請求する(事後重症)かで申請書類が4種類あるのです。遡及請求が認められれば金額的には大きいのですが、家族に助けてもらっても難しそうでしたので、事後重症で申請しました。それでも自分で発病から現在までの闘病を思い出しながら「病歴・就労状況等申立書」を記入したり、戸籍謄本、住民票、家族の課税証明書等を揃えて、診断書を用意して申請です。家族に助けてもらえたから何とか認定までこぎつけましたが、自分一人ではちょっと難しかったと思います。

(つぶピー・55才・愛知県)

うつ病で「精神障害者保健福祉手帳」を発行してもらった方法!

会社での100時間以上の長時間残業や、昇進による責任が増え、プロジェクトを複数掛け持ちを要求され、回りにも気づかぬうちに当たり散らすようになっていました。そしてある日突然、会社に行く足が止まってしまい、身体が会社に行くことを拒むようになってしまいました。病院に行き、それらの症状を伝えると「うつ病」と診断されました。

障害者手帳を発行した方が何かとメリットがあるということを知ったのは1年くらいあとのことです。病院関係者の人に「障害手帳はお持ちですか?」と聞かれ、「うつ病の人は申請できるのですがお持ちでないなら結構です」と聞かれたことがきっかけです。それを聞きネットで障害手帳のことを調べ、主治医の先生に相談しました。

障害者手帳は正式には「精神障害者保健福祉手帳」と言い、1級2級3級があります。主治医の先生の診断は3級でした。1級や2級は基本的に家族の付き添いや補助が無いと病院にも行くことに支障が出るというような時で、私はなんとか病院通いは一人で行けたので3級ですと説明を受けました。申請には役所に申請するための「障害者手帳申請書」と主治医の先生が診断書として記入する精神障害者保健福祉手帳専用の診断書(専用フォーマット)が必要です。診断書については主治医の先生が記入してくださり、申請書の書き方は病院の事務スタッフの人が全て教えてくれました。事務スタッフの人に「この書類と手帳に使用する写真を持って区役所に持って行ってください」と言われました。証明写真は家に既にあったのでそれを使いました。この写真は最終的に手帳に証明として貼られます。これで書類が全て揃ったので区役所に向かいました。

区役所の受け付けで「精神障害者保健福祉手帳」の申請をどこで行うのかを尋ねると、「区役所内にある保健福祉センターに行って渡してください」と言われました。窓口に書類を渡すと「結果は2ヶ月ほどで自宅に郵送します」と言われました。2ヶ月ほど経ち自宅に結果が届きました。障害者手帳が3級を発行するという旨の通知でした。
その通知を保健福祉センターに持っていき、「精神障害者保健福祉手帳」が無事発行されました。

私の場合、障害者手帳を持っていて良かったのは自動車税の減免です。毎年4万円弱の税金が6千円程度に減免されました。また交通機関の乗車券や定期券なども私鉄などによっては減額されました(これは減額されない私鉄もありました)これらのように良かった点はさまざまな減免、減額措置が受けられることです。生活の負担が減るので、ぜひ申請をおすすめします。

(jako・43才・大阪府)