うつ病で休職しても、復職できずに退職してしまう人が多い現状


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【3人の体験談】

  1. 公務員の休職、復職を認めてもらえず退職した(てっちゃん・32才・神奈川県)
  2. まずは1か月休職、そして+2か月の休職、そして退職(しょうこ・30才・東京都)
  3. 有給が終わる1か月後に退職を申し出ました(おこめ・30才・京都府)

公務員の休職、復職を認めてもらえず退職した

私は公務員でしたが、うつ病になりました。原因は支離滅裂の上司に当たってしまった事です。そのほかにも全体的にぎすぎすした職場で「ずっと、何年もこんなところで働かなくてはいけないのか」と絶望したのを覚えています。症状としては車に酔ったとき、インフルエンザに罹った時の状態が一番似ていると思います。頭が痛くてフラフラし、まっすぐ歩けない状態です。ある日職場に行こうとすると上記のような猛烈な症状に襲われ、初めての体験だったので「おそらく心の病だろう」とは思っていました。医者に行くと「抑うつ症状」といううつ病まではいかないまでもうつ病に近い状態、という診断でした。

休職手続きは当初有給休暇を使っていましたが使い切った際は医師の診断書を根拠に休職をしました。手続き自体は簡単でした。休職中は入院から自宅療養に切り替え、ひたすら仕事のことを忘れ楽しい事をしようと考えていましたが「よくなったらまたあの職場で働かなくてはならない」と考えるとあまりよくはなりませんでした。結局、うつ病は治りましたが仕事はやめてしまいました。しかし、仕事を失うことを恐れて続けていたらうつ病は治っていなかったと思います。うつ病から回復して、0からのスタートになろうとも今の希望にあふれる状態がどんなにマシなことかと思います。

傷病金については「入院している期間」ということで自宅療養期間は入りませんでした。休職については大方の人は理解を示してくれましたが、一部猛烈に批判する人がいて大変でした。その猛烈に批判する人が人事系の人だったのでなかなか復職を認めてくれなかったり、心無い言葉を吐きかけられたりしました。特に何か月も復職を認めてくれなかったのは大ダメージでした。精神的にも金銭的にも。公務員は恵まれている。とよく言われますが、そういうことを経験したので「一概にいいとは言えない」というのが私の個人的な感想です。

現在うつ病で休職をお考えの方へ。休職は認められた権利ですので、申請していいと思います。しかし、問題の根本的解決につながりにくいのであれば長期間の休職はやはり経歴の傷になりますので、見切りをつけて会社を辞める、というのも選択肢だと思います。リスクは高いですが、命を失うことに比べたらなんてことでもないと思います。

(てっちゃん・32才・神奈川県)

まずは1か月休職、そして+2か月の休職、そして退職

私がうつ病と診断されたのは、今から2年前のことです。情報サービス系の会社でシステムのマニュアルを作成したり、操作方法のインストラクターをやったりしていました。最初はやりがいを感じており、どんな面倒な作業でも自分から進んで取り組んでいました。しかし、そんな私の真面目さや責任感の強さを当てにして、私に仕事を押し付けてくるような上司や同僚が現れました。

とあるお客様からシステムのマニュアルの叩き台を作成する仕事を受け、上司と同僚と私の3名でチームを組んでプロジェクトが発進しました。チームのリーダーは同僚の男性で、上司は私たちの監督的な役割としてチームに入りました。同僚の男性は一見仕事ができそうにみえる2歳年上の人でしたが、私は彼の本当の姿を知っていました。彼は口先だけでうまく言葉を操ってその場をなんとか乗り切るタイプの人間で、交渉は上手でしたが、実際に行う仕事となるととても完璧とはいえず、むしろ穴だらけ。周囲の人が彼の作業のほころびを縫う必要がありました。チームが結成された瞬間に嫌な予感がしましたが、彼は私が作業が丁寧で働き者だということをよくわかっていたので、自分がどんなに適当に力を抜いて手抜き作業をしても私が穴埋めをしてくれるという安心感をもっていたようです。彼が作成したマニュアルはとてもお客様に提出できるものではありませんでした。妙に作業スピードが速いと思って彼のマニュアルを見ると、誰から見ても間違いだらけでミスだらけの原稿なんです。二次チェックをするのは私なので、その修正にかなりの時間を要しました。そのお蔭で私だけ残業することもしばしば。上司は争い事が嫌いで、そんな私の状況を見て知っていながらも特に彼に対しておとがめをすることはありませんでした。

彼のせいで私は彼の2倍も3倍も働くはめになりました。私がしっかりしないとお客様に迷惑がかかるし信用を失いかねないと心配になった私は、どんなに遅くまで残ってもすべてを完璧に仕上げるように努力しました。今思えばこれがすべての引きがねだったんです。助けてくれるメンバーのいないチームで一人狂ったように働く私。ほかのチームの人に相談してもまるで他人事のように同情されるだけでした。私は一人孤立していきました。

そんな状態が続いてから、原因不明の咳が出続けるようになりました。いろんな病院に通いましたが、原因不明といわれて終わりました。薬も効かず、オフィスに響き渡るような音で咳を繰り返し、ときには呼吸困難になって外へ空気を吸いに行かせてもらうときもありました。それでも我慢に我慢を重ねていきました。自分がこの仕事のすべての責任を負う必要があるような気になってしまって、自分を追い込んでいたんです。


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ある日、夜中にふと目が覚めました。突然胸が苦しくなって、酸素が足りないような心臓が締め付けられるような圧迫感に襲われました。これは何かがおかしいと感じた私は、翌日会社を休んで心療内科に行きました。診断結果はうつ病とパニック症でした。お医者さんは、「これ以上会社に行っては身体の不調は治らない」とおっしゃり、診断書を書いてくれました。この日から私はひとまず1か月に及ぶ休職をすることになりました。上司は「1か月なら」というかんじでOKをくれ、休職手続の用意などしてくれました。しかし、経過をみて1週間ごとに体調の報告をするように言われました。会社のことが常に頭から離れず、報告の電話をするのも苦しくて我慢しながらやっていました。お医者さんにそのことを話すと、「電話の報告もやめなさい」と言われました。

診断書を改めて作成していただき、プラス2か月の休職をすることになりました。用紙一枚に必要事項を記入し、診断書と合わせて担当部門に提出するだけで簡単に休職はできましたが、上司はやはり私が欠けることを避けたかったのか、たまに個人的に電話をよこしてきました。それに出るのもつらいほどうつ病は私を苦しめました。電話が嫌なときは思いきってメールで電話したくない旨を伝えました。上司はようやく私が苦しんでいることを理解し始めました。

休職中は投薬治療をつづけながら、ほぼ寝たきりの生活を送りました。不眠症で夜も眠れず、薬を飲むと死んだように眠りこけていました。そんなときでも仕事のことは頭を離れませんでした。しかし、改めてこの会社のことを思い返すと、また復職して働くことはどうしても考えられませんでした。仮に治って復職したとしても、また同じ目にあってうつ病が再発することしかイメージできなかったんです。収入がなくなっても、生きていけなくなったとしても、この会社に戻ることはありえないと心が私に訴えかけました。

結果、私は休職期間を経てからすぐに退職することにしました。上司に伝えたときの反応は意外にもあっさりしていて、「お大事に」と言われました。退職も紙切れ一枚に必要事項を書くだけで、あっさり辞めることができました。今思えばうつ病を克服するには、自分にとっての重荷をいったんすべて捨て去ることだと思います。それをしない限りは、うつ病はいつまでたっても自分の心をむしばんでくることになります。もしうつ病で休職するか悩んでいる人がいたら、私はすぐにするよう背中を押すと思います。

(しょうこ・30才・東京都)

有給が終わる1か月後に退職を申し出ました

ショールーム受付

私がうつ病を発症したのは、25歳でした。派遣社員で車のショールームの受付をしており、職場には同年代の女性がたくさんいました。当時のわたしはコンプレックスがとても強く、容姿も求められる職場ということもあり、コンプレックスを隠すために誰よりも痩せてきれいでいなくては・・・と強迫的に物事を考えてしまっていました。(その直前に大失恋をしたことも重なり、完全に自尊心というものを失っていました)
仕事も誰よりも優れていなくてはと思い、必死でした。残業もすすんで引き受け、毎日遅くまで頼まれた仕事を一人で抱え込んでこなしていました。
気付いた時には、10キロ近く体重が落ち、栄養失調状態で歩くのがやっとの状態でした。息が苦しい、目がうつろ、頭の回転が遅くなり仕事もミスを繰り返し、記憶障害も出るようになりました。
そこでいろんな精神科にかかりうつ病と診断されました。

派遣会社の担当に報告をすると、心から心配してくれてすぐに休業の手続きをしてくれました。復帰を待ってくれるとのことでしたが、病状は重く有給が終わる1か月後に退職を申し出ました。
その後、失業保険をもらいながら通院し自宅で寝たきりの生活が3か月ほど続きました。かかりつけの精神科の医師から、自立支援医療の話を聞き、申請をしました。薬を飲んでもあまり良くならず、睡眠導入剤で寝ることだけを繰り返していました。朝目覚めると、指の一本一本に鉛がついているような感じで、身体が重くて動けず過呼吸も繰り返しました。夕方が特に苦しく、わけのわからない不安の波が繰り返し襲ってきて、その波に飲み込まれてしまう恐怖に耐えていました。テレビも見れず、外の光が眩しすぎてカーテンを開けることもできない日々でした。

家族は心配してくれましたが、うつ病の本当の深い部分までは理解してくれていなかったと思います。本当に、生きるのが辛く、死はすぐそこにあったと思いますが、家族は一時的な病気で治るというようなスタンスでした。

3ヶ月が過ぎたころ、だいぶ精神的に落ち着いてきましたが、身体はボロボロでした。肩こり、頭痛、慢性の胃炎。逆流性食道炎にもなっていました。鍼、整体、胃腸科に通院し少しづつ回復しました。
新しい仕事に就くことができたのは、1年後です。シフトも自由に選べることのできるアルバイトから始めました。いろんな不安もありましたが、環境を変えることでだいぶ回復できたと思います。

うつ病は、何事も完璧にやらなくてはいけないという強迫的な思い込みが原因でした。誰かに認められなくては。。。と他者の評価を気にしすぎたことも原因だと思います。今でも、性格上気にしてしまいますが、何事もゆるく、自分のペースでやることが必要です。わたしは、わたしだと認める。いい意味であきらめることも必要です。そして、自分と上手に付き合っていくことが大事だと思いました。
(おこめ・30才・京都府)


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