精神障害2級の手帳のせいでハローワーク紹介の面接で落とされた続けた


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私は6年ほど前にうつ病を発症し、今でも病院へ通って薬をふくようしています。最初は体の症状から現れ、胃の調子が悪く、地元の診療所で「逆流性食道炎」と診断されていました.しかし、一向に症状が良くならない事や、著しい体重の減少で、診療所の先生が、精神的なものかもしれないからと、紹介状を書いてくださり、精神科の病院に通うことになりました。

精神科では、まず、今悩んでいる事や、困っていることを先生にお話しし、私の場合は仕事と、家庭のストレスで、自分の居場所がないような感じであると話しました。先生はゆっくり話を聞いてくださり、まずは、休めることはやらないでいいので、ゆっくり休みましょう。と言われ、私は、症状のひどい時は会社を休むようになりました。しかし、当時は係長であったため休めば休んだだけ仕事がたまっている状態で、結局自分でストレスをため込んでいるような状態でした。しかもたとえ会社を休んでも、主人の両親と同居していた私は、やはり疎外感や、嫁としての務めを感じ、どこにいても気の休まるところはありませんでした。会社の社長に「うつ病」であると話しましたが、あまり理解してもらえず、今までの休みの多さを逆に叱責されるほどでした、そして私は会社を辞める決意をしました。

会社での問題は解決しましたが、これから毎日家にいるとなると、一日中嫁という仕事が待っていました。毎晩毎晩主人と話し合い、時にはけんかになり、それでも、私のつらい気持ちを理解してもらうまでには随分時間がかかりました。しかし、最終的には主人んが、「こんな病気になるまで築いてあげられなくてごめん」と、わかってくれ、私たちは主人の家を出て、家を新築することにしました。私は新しい生活が待ち遠しく、これで病気もよくなる、と、とてもうれしい気持ちでいっぱいでした。


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家ができ、引っ越しをし、新しい生活が始まりました。最初は少し病状もよくなっていたようにも感じていましたが、治っているわけではないので、薬の服用は欠かせませんでした。薬がないと不安に思うほどでした。

私は住宅ローンのために仕事を探すことになりましたが、ハローワークで紹介してもらい面接で精神障害2級の手帳を持っていると話すと、どこの会社でも受け入れてくれませんでした。症状が出なければ普通に働けるのに・・・と、うまくいかない就活にまた鬱が酷くなっていき、遂には自殺を考えるようになりました。包丁を手に、首を刺そうと思ったこともありました。幸い子供たちが気づいてくれて大事には至りませんでしたが、家族に迷惑をかけてしまい、特に子供には申し訳ないと思っています。

今、私は運輸会社の事務員として働いています。病気のことは話していません。でも、不思議と、症状が現れることがなく、50歳にして新入社員の私は仕事を覚えるのに必死です。このまま定年まで鬱がばれず、働けるよう自分と鬱が、うまく付き合っていけるよう思っています。

最後に、うつ病には家族の理解が一番大事です。たとえ家事が出来なくても、主人と二人の子供は協力してくれます。いい家族に慣れたことが一番幸せです。

(こみみ・50才・長野県)


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