左首の痛み(首筋の痛み)がパニック障害の原因だった!

パニック障害で夜中に急に目を覚ました。

動悸が激しく、恐怖感に襲われ、、、

その原因をいろいろ調べたのだが、首筋の痛みだった。

僕は自力で改善しようとしたばかりに、かなり時間がかかってしまったが、パニック障害を改善した方法を記しておく。

ある日、突然起こった中途覚醒

たぶん、僕のパニック障害の症状は、重症の人に比べると甘っちょろいものなのかもしれない。

でも、僕にとっては、はじめての体験で、すごく恐怖を感じたんだよ。

僕は、もともと酒が好きで、深酒をする癖があった。

その日も、仕事を終えて、夜12時ごろまで酒を飲み続けていた。

 

飲酒は毎日の習慣だったんだよね。

20年近く続いていた習慣。

 

酒を飲んで、ぐっすり眠って、ストレス解消。

そんな風に思っていた。

 

でも、いつものように、12時に寝たら、1時ごろに、激しい動悸を感じ、飛び起きたんだよね。

心臓がバクバクと動いているのが感じ取れる。

それだけではなく、体が震えてるんだよね。

 

しかも、寝てから1時間ぐらいだから、まだ酒が抜けていない辛い状態。

そんな、不安定な状態の時に、不安感や絶望感が頭をよぎるんだよね。

こんな人生でいいのかっていう絶望感。。。

 

部屋の中で、一人ぽつんと立って、体を震わせながら、顔を殴ったりして、その悪い妄想を断ち切ろうとするんだけど、なかなか恐怖心がなくならない。

やっと、鼓動がおさまり、震えも消えて、落ちつきも取り戻したんだけど、目をつぶったら、また、同じような絶望感が襲ってきそうで、目をつぶることができない。

仕方がないから、本を読んで過ごしたんだけど、深酒の影響で、ものすごく気分が悪いんだよね。

それで朝まで本を読んで過ごして、眠気が襲ってきたところでやっと目をつぶることができた。

 

夜中、突然、目を覚ますことを中途覚醒って言うらしいけど、この中途覚醒を結局、3回体験することになった。

このままだと、自殺願望が生じる危険があるって思ったので、酒をやめて、パニック障害対策をするようになった。

首筋の痛みが自律神経を乱し、パニック症状をもたらす

僕は、IT系の仕事をしてるから、ネットで情報収集することにした。

それで、興味を持ったのが、首コリとパニック障害の因果関係について論じたサイトだった。

首コリが激しい人は、パニック障害や自律神経失調症になる可能性があるらしいんだよね。

これだ!

って思った。

 

僕は、IT系の仕事で、毎日朝から晩まで、パソコン作業をしてたんだよね。

それで、パニック障害の症状を起こしたとき、首の痛みが最高潮に達していたんだよね。

元々、僕は、肩こりを感じない体質。

だから、左首の痛みを感じても、それが、首コリだとは思っていなかったんだよね。

ただ、最近、左首が痛いなって思っただけ。

でも、その痛みが、痛烈なんだよね。

ツーンとする痛み。

首コリが究極に達するとこんな風になるのだと思う。

首というのは、頭と体を繋げてるよね。

それで、自律神経がたくさん通っているらしい。

(僕は、医学に詳しくないので、ちょっと強引に解釈してますが・・・)

それで、首筋に痛みがあるということは、自律神経に乱れを生じさせることになる。

自律神経というのは、体のあらゆる機能の働きを調整する作用があるから、自律神経が乱れると、動悸が激しくなったり、体が震えることがあるらしい。

まさに、僕の中途覚醒の時の症状。

パニック障害とか、自律神経失調症というと、すぐにストレスが問題だとイメージしてしまう。

少し大胆な説なんだけど、僕は、共感できた。

また、僕が知っている女性にも、極度のパニック障害で、入院までした人がいるんだけど、この首の痛みの話をしたら、やっぱり彼女も首が痛いっていうんだよね。

だから、ネットで首筋の痛みがパニック障害を引き起こす説が載ってるよって教えてあげたら、大喜びしてた。

確かに、精神的な問題も、パニック障害を助長していると思う。

首コリが自律神経が乱れたとしても、普段、不安要素が全くないような幸せな人は、僕のような絶望感を感じることはないと思う。

でも、自律神経が乱れた時、少しでも、精神的な悩みとかがあると、頭をよぎってしまうのだと思う。

動悸が激しくなって、体が震えていると、精神的に虚弱な状態になっているから、人間の弱さが出てきてしまう。

そういうことなのだと思う。

すぐに効果が出た!マッサージ方法とストレッチ

僕としては、もう二度とパニック障害を起こしたくないって気持ちがあった。

寝るのが怖いんだよね。

 

夜中に起きて、あの絶望感に襲われるのが怖いんだよね。

 

でも、左首の痛みが原因だったら、これを揉みほぐしただけでも、自立神経の乱れはなくなるよね。

そう思って、早速マッサージをしてみた。

そしたら、気持ちいい!

いままで、揉みほぐそうなんて発想すらわかなかったからね。

 

それで、毎日、揉むようになったんだけど、それだけで、とりあえず、心に安心感が生まれるんだよね。

首コリの根本的な解決にはなっていないのだけれど、一晩は、首の血行がいい状態だから、中途覚醒+パニック症状は怒らないだろうって考えることができた。

だから、安心して、眠りにつくことができた。

 

でも、これは応急処置に過ぎない。

パソコン仕事をやめるわけにはいかないので、首の痛みはどんどん激しくなっていく。

 

いろいろ、対策はするようになった。

パソコン作業は椅子には座らないで、バランスボールを使っている。

最近、テレビでIT系の会社が紹介されると、バランスボールを使っている社員を見かける。

たぶん、腰痛や首コリや肩こりに悩まされている人が多いのだと思う。

 

でも、バランスボールだけではダメ。

 

一番効果的なのはストレッチなんだよね。

ストレッチぐらい独学で出来るとか思ってしまうけど、経験者から言わせてもらと、首のストレッチは、プロに教わらないと、逆に首を痛めてしまう。

僕も最初は下手なストレッチをしたために、首がよけい痛くなってしまった。

ストレッチを続ければ、痛みも取れるだろうとか思ったのだが、どんどん痛くなる。

だから、首の自律神経の事をよく理解した専門の人に指導を受けた方がいいと思う。

もし、家の近くに優秀なマッサージ師がいるというなら、その人にお願いしてもいいんだろうけど、マッサージって結局、応急処置なんだよね。

だから、根本的な解決にはならない。

 

今すぐできる首の痛み改善法は枕を捨てる事

ストレッチの方法は、さすがに文字で伝えることは出来ない。

でも、一つだけ、面白い情報がある。

ストレートネックについて調べていたら、どこかの先生が、枕を使わないほうが楽だって言ってたんだよね。

いい枕を探すのではなくて、枕を使わないっていうのが最高の選択肢だった。

枕を使わないで寝るようになったら、熟睡できるようになったからね。

 

ちなみに、最近は、また、枕を使い始めた。

首の痛み大分取れて、正常な状態になったから、枕があっても、首に負担にならない。

枕と首の痛みの因果関係は、僕にも良くわからないんだけど、試してみる価値はあると思うよ。

枕をとったら、急に楽になった。

(首男・40才)

メニエール病をキッカケとして、パニック症を発症

私自身、2年以上前から、メニエール病をキッカケとして、パニック症を発症し、それと当時にうつ状態と診断を受けました。
今現在もうつ状態の治療中であり、休職して治療に専念してます。休職して約1年になるのですが、ようやく復職の目途が経ちつつあり、回復(寛解)に向かってきました。

私自身、うつ状態になってからの症状として挙げられることは
1:身体的な症状
・目まい
・耳鳴り
・動悸
・過呼吸
・食欲不振
・不眠&過眠
という症状があり、強い目まい&過呼吸が原因で救急車で運ばれたことが何回もありました。
2:精神的な症状
・判断力の低下
・焦燥感
・漠然とした不安感
・脈略ない考えが頭に浮かぶ
・感情の落ち込み
・情緒不安定
・死の感情を持つようになる
という症状がありました。
身体的な症状に悩まされることによって、精神的な症状が出始めて、悪化したのではないかと感じています。

これらの症状の治療法として行われたのが
1:身体的な症状
・投薬治療→目まい&耳鳴り&不眠の症状に関しては、対処治療で数種類の薬を投薬されました。効果に関しては、目まい&不眠に関しては一定の効果がありました。目まい止めの薬に関しては、今でも服用してます。
・生活習慣の指導→動悸&過呼吸に関しては「強い不安感を持たないように心がける。もし、持ってしまったら頓服薬をかならず飲むように」と、また不眠に関しては「夜更かしをしないように」と指導を受けました。
2:精神的な症状
・投薬治療→不安感&焦燥感に関しては、精神安定剤やSSRIの投薬治療を受けました。また、ADHDの気もあったので、同時に投薬治療を行ってます。
・カウンセリング→不安感&焦燥感&感情の落ち込みに関しては、臨床心理士の先生のカウンセリングを通じて治療を行いました。その中で学んだこととしては、「どうしてそのような気持ちになるのか、原因を探るように」ということです。最近は、この「原因」について考えるように心がけています。
・そのほか→うつ状態になって、知り合った方との出会いが強い心の支えになってます。出会いによって、死の感情を持つことが無くなり、不安感も楽になってきたような気がします。

これから復職に向けて、不安もあるけど、なんとか乗り越えていきたいと思います。

(猛牛丸・31才・岡山県)

再発したパニック障害と薬漬けの日々

無事就職も決まり、パニック障害も収まりつつあったのですが、ある日会社に出社する途中の電車の中で、突然前のパニック発作が襲ってきました。入社したてで仕事を覚えることと会社に慣れることでいっぱいいっぱいだった自分に、パニック障害の再発という試練がまた襲ってきました。

この時心療内科に通おうにもどこも予約でいっぱいで、何とか自宅から少し離れたクリニックで受診することが出来ました。そこでは、以前のように抗不安薬だけでなく、抗鬱剤も処方してもらいました。多分SSRIだったと思います。また、睡眠はちゃんと取れているのに、熟睡できるようにと睡眠薬も処方されました。この時もらった薬は、以前かかった病院とは比べものにならないほど薬の種類も量も増えました。

この時の私にはこれぐらいの投薬治療が必要だと言うクリニックの主治医の言うことを信じて、出された薬はきちんと飲みました。しかし、症状は一進一退で、良くなったり悪くなったりを繰り返している状態で、自分の病気が本当に治るのか、普通の生活が送れるようになるのか不安でした。そこのクリニックでは、眠れないといえばキツイ睡眠薬に変えてしまい、薬を飲んでも不安が収まらないと言えば、より強い抗不安剤を投与されるようになりました。そうしていくうちに、次第に私は薬漬けになっていきました。最後の方になれば、もうこれ以上キツイ睡眠薬は出せない(法律上)という所まで薬漬けの状態になってしまいました。

やがて、このまま薬漬けの状態が続けば身体にダメージが来るということで、クスリを減薬するために3カ月間別の病院に入院することになりました。特に睡眠薬を抜くことが一番つらかったです。深夜2時30分に寝て朝4時頃に目が覚めるという状態が1週間続きました。やがて入院の甲斐あってか薬への依存は減っていき、半分以下にまで薬を減らすことが出来ました。

ここで、私から言えることは、初診の段階であまりに多くの種類の薬を出す医師は、あまり良い医師ではないのではないかということです。精神安定剤も使い方によっては麻薬のようなものになってしまう、私はそう感じました。精神科を受診なさる時は、クスリ中心の治療をする医師よりも、症状や悩みに耳を傾けてくれる医師を選ぶ方が良いと思います。

(TOKI・37才・大阪府)

パニック発作から始まった病との闘い

私の体に異変が起きたのは18歳の時でした。自宅の最寄り駅から電車に乗ったのですが、電車のドアが閉まった瞬間、言いようのない不安と恐怖感が私を襲いました。どういう不安や恐怖感なのかと聞かれたとしても説明できない程の、恐ろしさを感じました。次の駅で電車を下車し、もう電車に乗る事に対しても恐怖感を抱くようになり、徒歩で自宅まで帰りました。

後にこの時私を襲った症状がパニック障害という病気なのだということを、新聞の特集記事でしりました。早速心療内科に診察してもらいに行ったのですが、当時はパニック障害という病気があまり知られていなかったためか、不安神経症という診断で、抗不安薬を不安発作が起きた時に頓服のように飲むように抗不安薬を処方されました。不安の発作が起きれば薬を飲むというのを繰り返していくうちに、だんだん不安発作が起きそうな場所等を避けるようになりました。電車だけでなく、バスにも乗れなくなってしまいました。

そうしているうちに、だんだん家に引きこもるようになり、うつ状態になっていきました。しかし、この苦しみは両親ともに理解してくれませんでした。ただ甘えているだけだ!その一言で片づけられてしまいました。特に父親は、自分の息子が精神疾患になったことを、自分の兄弟、つまり親戚に隠し通しました。恥をさらすことになると言っていました。そんな偏見の目で見る父親に不信感を抱き、また、それに対して何も反論しない母に対しても次第に心を閉ざしていくようになりました。

それでも何とか大学進学という目標に向かって、自分の病気と向き合い闘って何とか大学を卒業することが出来ました。しかし、就職がなかなか決まらず苦労しましたが、就職浪人してやっと中堅企業に就職することが出来ました。それまでの道のりは非常に苦しくツライものでした。唯一私を支えてくれたのは愛犬のシーズの存在でした。自分の状態が悪いときはいつも傍に寄り添ってくれる愛犬の姿を見て、負けてはいけないと踏ん張ることが出来ました。

両親でさえ病気のことを理解してくれないというのはツライものです。しかし、こうした精神の病気は実際に患った本人にしか分からないというのが、事実です。一人で病気と闘うのは孤独でツライことです。何もする気がしない自分を「甘えている」と両親から言われることも尚ツライことです。しかし、例え親であっても、病気のことを理解できない人の言葉など気にしなくて良いと思います。ただ、私から言えることは、決して自ら命を絶つことだけはしないで下さいと言いたいです。

(TOKI・37才・大阪府)

パニック障害で安定剤と胃薬を飲んでいる件

みなさんこんにちは。みなさんはどのような症状がでますか?私は本当に難しいことがあるのですよね。それは吐き気でまたいきなり乗り物をのっていると急に動悸がしたり血の気がひいたりなどの症状がでて原因が不明でどのようにすればこのような症状がでるのか?もしかしたら大きな病になっているのかもしれないとおもうようになりました。それで大きな総合病院で検査を受けました。MRIや胃カメラや血液検査やどの一般の検査や色んな検査を受けましたがなかなか原因がはっきりと分かりませんでした、それで心療内科にいってみて、一度先生にみてもらってくださいといわれました。それで、心療内科にいきました先生はもしかしたらといって安定剤を何種類かだしてくれました、それで調子の悪い時に頓服で一度のんでみてくださいといわれて、飲んでみると、よくきいて症状がかんわされるわけですよね。それで原因がわかったとそれはパニック障害だったのですよね。それで私は安定剤の自分にあった安定剤を見つけるために何種類かのものを主治医にだしてもらって飲みながら様子をみていました。かなりよくなってきました。特にパニック障害にはSSRIなどの高鬱薬をつかうみたいなのですがそれではなかなかよくならないかたもおおくいるみたいですよね。副作用がきつくてすぐにやめてしまって続けて飲まないと効果がないのでなかなか抗うつ剤はつかわないかたもおおくなってきているようです。私は安定剤と胃薬をつづけています。みなさんもぜひいい主治医をみつけて最善の治療をしてくださいね。

(あっきん・33才・兵庫県)

パワハラ、職場の経営不振により派遣切り

パワハラ、当時の職場の経営不振により派遣切りが決定、祖父が末期ガンで入院と、今思い出してもびっくりする程悪い出来事が立て続けに起きたある朝突然、仕事に行くことができなくなりました。

契約期間満了を迎えずに派遣切りを通達されましたが、引き継ぎや残務処理等の為に2週間という時間が残っていたため、いつもと同じように出勤しようと準備をして玄関まで行った所で異変が起きました。手の震え、原因のよくわからないものすごく大きな不安感、ひどい吐き気、ひどい頭痛等の症状が出てその日はとりあえず休みをもらうことにしました。

会社に欠勤の連絡をすると不思議と体の不調は収まりましたが、「風邪でもひいたのかな。ゆっくり寝て明日には出社しよう。」そう思ってその日はゆっくり休みましたが、次の日になっても出社しようとするとまた同じ症状が現れました。そしてそれはどんどんひどくなっていきました。

初めのうちは欠勤の連絡をすると不調が治まっていたのですが、徐々に「また今日も具合が悪くて会社に行けそうにないな。連絡したらどう思われるかな。怒られたり文句を言われたりしたらどうしよう。私が行かないと引き継ぎできない仕事もあるのに、でも会社に行けない行きたくないどうしよう。」という気持ちになっていき、自分では連絡することができなくなりました。同居していた彼氏が代わりに会社に電話をしてくれて欠勤連絡はできたいたのですが、今度は「今日も会社を休んじゃったどうしよう。なんで私は会社に行かないんだろう。どうして行けないんだろう。」という風に悩むようになりました。

結局契約終了の2週間後まで一度も会社に行けないままでした。「私物だけでも取りにおいでよ。」と、中の良かった同僚から連絡はもらいましたが、とても顔を出しに行けないからと伝えて荷物は郵送してもらいました。

仕事に行かなくて良くなったその後もよく分からない不安は無くならず、普通に外出することもできなくなっていきました。スーパーに食材を買いに行くのですら大変だったのを覚えています。体調がいい感じがして買い物に行っても、人がたくさんいたり、店員に声をかけられたりしただけで全身が震えてしまい、ひどい吐き気に襲われてうずくまってしまったりもしました。

毎日ほとんど眠れず、ほとんど何も食べれず飲めず、ひどく短気にもなり、外出したり人と話すことができないという状態が続き、心配した彼氏が心療内科を調べてくれて「一緒に行ってみよう。」と言ってくれたのですが、「どうして病院なんて行かなくちゃいけないんだろう。病気なんかじゃないのに。頭がおかしいわけじゃないのに。」という風に感じてしまって最初のうちは断っていました。

漠然と「どうしよう」という気持ちと「どうにかしなくちゃ」という気持ちと「どうしたらいいんだろう」という気持ちがグルグルと渦巻いているような感じで毎日を過ごしているうちに、どうしてそう思うようになったのかは分からないのですが「私がいるから悪いんだ。私なんて死んでしまってここからいなくなればみんな幸せになれるんだ。」という気持ちでいっぱいになっていきました。

気持ちにや体調に波があり、ひどい時は死ぬことばかり考えていましたが、まだ体調がいい時には「このままじゃだめだ」という気持ちになる事もあったので、「今のうちに病院に行かなくちゃまた行けなくなる」と思い、彼氏と共に心療内科を受診しました。

駐車場に車を停めてから車を降りるまでに2時間、そこから受け付けに行けるまでに1時間程かかったように思います。

「心療内科ってどんな治療をするんだろう。」と最初はとても不安でしたが、先生との会話が主な治療でした。「話をしただけで治るわけないのに。」そう思って怪しみながら、症状や今まであったこと等を話していくと「そうかそれは辛かったね大変だったね。大丈夫だよあなたは何も悪くないんだから。そんなに頑張らなくてもいいんだよ。大丈夫。」と何度も言いながら私の話を聞いていてくれました。何かが心の琴線に触れたようで、病院なのにもかかわらずボロボロ泣いてしまった事を覚えています。

うつ病の中の躁うつ病という症状と軽いパニック障害だと診断され、「頑張りすぎて疲れてしまっただけだから、今日からはしばらく頑張ることをやめよう。好きなことだけ考えて、好きなことだけしてゆっくり過ごしてみよう。」という言葉と、睡眠不足を補うための軽い睡眠薬、それから抗鬱剤を処方してもらって、週に1度しばらく通院することになりました。

2年ぐらい通院して、途中症状が悪化したり改善したりと行ったり来たりはしましたが、それから数年たった現在はほぼ元通りのような状態になったと思います。あまり人の多い場所に行くと今でも具合が悪くなってしまうこともありますが、少し休めば治まるので薬にも病院にも頼らず、普通に生活できています。処方された薬の副作用でぽっちゃり体型になってしまったのはちょっと残念ですが、その代わりに当時の苦しかった状態と比べるとそんなに気にすることでも無いのかなと思えるようになったのも進歩のような気がします。

当時彼氏だった相手は、うつ病だと知ってからも支えてくれて現在は夫となって一緒に暮らしています。もしあの時一人だったら病院に行くこともなく、どうなっていたのか分かりません。支えてくれる相手がいることはすごくありがたい事なのだと思いました。

どうせ無駄だと思わずに病院に行ってみることがとても大事だと思います。

(まるっと・34才・福島県)

思春期のパニック障害は投薬とカウンセリングではなく自宅療養がおすすめ

私がパニック障害になったのは16歳の時でした。
あれ?なんだかおかしいという症状から始まりました。
今でこそ、うつやパニック障害はメディアやTVで良く取り上げられていて知名度もありましたが
当時はそこまでの知名度は無かったように思います。

朝起きられない、ずっとおなかが痛いなどの症状から始まり
内科で見てもらい、脳外科でCTをとってみたり、様々な科を巡り検査しました。
どこも異常はなく、心療内科に通うことになりました。
母が責任を感じ泣いていたのを今でも覚えています。

病院での内容ですが、心理テストをいくつか、カウンセリングが中心でした。
そして、うつの気がある、パニック障害と診断されました。
心療内科はだいたい予約制なのですが待ち時間が多く、予約通りに診察してもらえることも少なく
通うことがストレスでもありました。
また、先生やカウンセラーとの相性も大切です。
いくつか病院も変わったりしながら通院で治療していました。
幸いなことに、両親兄弟には協力が得られ支えはすごく大きかったです。

注意してほしいのは、薬をたくさん出す医者です。
薬はできるだけ飲まない方が良かったなと今になって感じてます。
薬の効果は私はあまり感じることができず、なんで飲んでいるんだろうと思っていました。
なので、いらいらしたらODするだけでした。
カウンセリングに通いゆっくり自宅療養でよかったのかもと今になっては思っています。
又、通院で、重度の患者さんを目にすることはよくありました。
ショックでした。病院に通うことで余計に憂鬱になりそうでした。

思春期などにパニック障害など、そういう病気になる子は多いと聞きます。
病院に通うことも選択肢の一つですが、私は、カウンセリングに通い
薬で治療ではなく、ゆっくり自分のペースで自宅療養というのをお勧めします。
ゆっくり、じぶんのペースでと思うことは難しいかと思いますが
焦らず、ご家族で支えあって、治療して欲しいと思います。

(山田・24才・徳島県)

パニック障害、社会不安症の症状で日常生活に支障をきたし、心療内科へ…

2014年8月~現在、心療内科に通院中です。
通院のきっかけはパニック障害、社会不安症と思われる症状がきつく、日常生活に支障をきたすことが多く疲れ果ててしまったからです。心療内科といっても要は精神科、精神科にあまりいいイメージを持ってなかったのと精神薬に対する恐怖心のようなものがあったので抵抗感がどうしてもあり、カウンセリングルームにしようかとも悩みましたが、高額な料金がネックでしぶしぶ心療内科にしました。なので通院当初は不安感と不信感と恐怖心と嫌々渋々感がつよかったです。

初診はまずかんたんな問診→臨床心理士による面談(症状についての具体的な説明、あといくつか心理テストをやりました。白い紙に実のなった木を描くというのと、質問がズラッと並んでいて当てはまるところに○をうつ心理テスト?のようなもの。2回目の診察時に医師から結果報告と説明がありましたが、大した内容ではなかったのでもう忘れてしまいました)→診察、という流れでした。先生はひたすら話を聞いてくれる感じで「無理しなくていいですよ」「がんばりすぎはよくないですよ」と当たり障りのない事を言うだけ。なのでカウンセリング的なことは期待できず(HPには患者ひとりひとりに合わせたカウンセリングに力を入れているとあったのですが…)、薬を処方してもらいに通うようなものでした。2週に一度の通院、処方されたのはメイラックスと頓服としてロラゼパム。おだやかに効果が現れる比較的弱めの薬との説明を受けましたが、私にはとても合ったようで極度な緊張やパニック症状がてきめんに改善されました。薬を飲まなくても外出できたり過ごせることが増えたので、医師に伝えると「よかったですね、がんばりましたね」と褒めていただきうれしかったです。

心療内科、精神科は薬漬けにする、精神薬はいちどつかうと手放せなくなる、効かなくなる、副作用があると思い込んでましたが、すべて杞憂でした。症状がよくなるにつれ2週に一度が3週、4週に一度、月一になり、現在は医師と相談し一旦休止という状態になっています。(なにかあればいつでも診察します、というスタイル)。薬は手元にありますがまったく飲みません。抵抗があり悩みましたが、今となると勇気をだして心療内科の扉をたたいてよかったです。

(マツサン・38才・愛知県)

パニック症状※車の運転中、対向車を見ると怖くなる症状

私が心療内科とそのお薬のお世話になったのは、20代の前半でした。大好きな友人の死でした。とてつもない喪失感。まるで地に足がついていないかのような感覚。明日が来るということが怖くてなりませんでした。それでも日常や時の流れは変わらず、家事や仕事はしなくてはなりません。その当時、車で片道40分の職場に通っていました。なかなか悲しみの思いが切り替わらず、接客業でありながら、ボーッっとしてしまい、周りに迷惑をかけていたと思います。そんな日々が続いていました。

それからしばらくすると、体に症状が現れました。それまで、軽い落ち込みはあったものの、精神科へお世話になったことはありませんでしたので、自分になにが起きているのか、全く分かりませんでした。
その症状というものが、車の運転です。車の運転をしていると、ドキドキしてしまい、対向車が向かってくるとブレーキを踏みたくなるほど怖くなりました。この症状が現れてから、車の運転への恐怖を覚えてしまい、しばらくの間は運転を控えていました。その間の仕事は、家族に送り迎えをしてもらいました。そのときまでは、精神的な病とはまだ考えておらず、何か他の病気を疑いましたが、診断結果はパニック症状。この時点ではパニック障害ではなく症状。パニック障害の疑いがある、と言うことでした。

その結果が出されるまでに、いろいろな科をたずねて、最終的に心療内科にたどり着きました。まさか、自分が心療内科にお世話になると思ってもいなかったので、とても病院への敷居が高く感じられました。ただ、一度受診してみて、日ごろの思いや体に現れる症状をゆっくりとお話をし、自分でも心が乱れていたんだということを受け止めました。それからしばらく通院いたしました。心療内科の先生やお薬を頼りに、少し心の余裕を取り戻し、今では、運転をすることが出来るようになりました。まだ、人を乗せて運転をすることは控えていますが、ゆっくり日常を取り戻せたらと、思っております。

(ネコマル・34才・千葉県)

仕事のトラブルが原因でパニック障害、自殺願望、涙が止まらない

初めて発症したのは19歳のころでした。きっかけは仕事でのトラブルでした。症状はパニック障害(大きな声を聞くと呼吸が困難など)、強迫観念(電車に乗ったり人ごみを歩いたりすると周囲の人間にナイフを向けられているような不安)、昼夜なくひどい眠気、拒食症、軽度のアルコール依存、軽度の自殺願望(リストカット)、涙が止まらない、人間不信がありました。
もともと心理関係や精神分析などに素人ながら興味があり、多少の知識があったので、自分が「これだ」と気付くのが早く、1週間ほどで友人の母の保健師に相談し、「保健所に相談して診療所を紹介してもらいなさい」とアドバイスを受けました。紹介してもらった診療所へ通院して、処方薬(抗不安薬・安眠剤)を服用するようになって、多少落ち着きましたが、根本的な解決に役立ったのはカウンセリングでした。最初は、「カウンセラーなんて人の話を聞くだけで何の解決もしてくれない」と不信感を抱いていて、金銭的にも通う余裕がありませんでしたが、保険適用下でカウンセリングを受けられることになり、2週に1度から4週に1度のペースで話を聞いてもらえることになり、カウンセリングを受けるごとに”自分の見つめなおし”ができるようになり、”現在の状況からの脱却”ではなく”これから先を不安なく生きていく方法”を考えるきっかけになりました。このカウンセリングのおかげで、現在は困難に直面しても自分をコントロールする術を身に着けることができるようになりました。
拒食症による体重減少はその間も進み、身長160cmに対し一時は40㎏を下回ることもありました。医師からは40㎏を切ったら入院、と釘を刺されていましたが、その間は体重をごまかしてやり過ごすことができました。
徐々に心身ともに回復してきたと自分で実感してからは、薬の使用を減らす提案を自分からして、”お守り”として持ち歩いたり、訓練に電車に乗ったり買い物に出かけたりという機会を作って自己リハビリをしました。会社の休職期間は約半年。復帰してからは業務軽減の配慮をしてもらうことができ、年度替わりからは配置転換もしてもらうことができて、無事に仕事を続けることができました。(現在は転職しています)
自分で「病気だ」と気付くのも、「病院に助けてもらおう」と決心するのも早かったこともあり、自己分析に多少の知識があったこと、カウンセラーとの相性がよかったことも功を奏して、私の場合は症状を早くに抑えることができたと思います。とにかく、社会と自分がズレた、と気付いたときにすぐに誰かに相談することが結果的に近道になると思います。

(ふみん・33才・大阪府)