厚生年金の障害年金2級という資格で、障害年金を受給できた話

私は、うつ病を患っています。すでに10年間患っており、神経内科のクリニックに通院しています。当初は、賃貸マンションで一人暮らしをしていたのですが、うつ病がひどくなり、家事をすることができなくなってきました。例えば、食器を洗うこともできないのです。仕事の方も同様で、簡単なミスを連発するようになってしまい、産業医に診断してもらった結果、やはりうつ病と言われ、会社を2年間休職したのちに退職へと至りました。

そのような状況下で、私は一人暮らしを断念することになり、実家へ戻りました。クスリの副作用で、1日のほとんどをベッドの上で過ごしています。そして、2週間に1度、通院している神経内科に行って、クスリを処方してもらう生活を送っていました。そんなある日、私の主治医から、「あなたはいま生活費をどう工面しているのか?」と質問されました。私は、「親から生活費を全額出してもらっているが、両親とも年金生活なので、両親がいなくなってからが心配です」と答えました。すると主治医は、「いまのキミは明らかに障害年金の該当者だから年金事務所に相談に行きなさい」と助言を受けました。

私は、翌週、体調の良い時に、地元の年金事務所に相談に行きました。すると、手続きの方法を教えてもらえました。まずは主治医から、初診時からの受診経緯書を書いてもらう必要があるとのことでした。そして、自分自身で、初診時からの自分の体調を書面に記載する必要があるとのことでした。私は、再び、主治医のところへ行き、診断書を書いてもらい、初診時からの受診経緯書を書いてもらって、自分でも体調を記載した書面を用意して、年金事務所へ提出して、障害年金の受給を申請しました。5ヶ月後に年金事務所から通知がきて、厚生年金の障害年金2級という資格で、障害年金を受給できるとのことでした。あとで、主治医に報告したところ、一人暮らしができないくらい困難なうつ病の場合は、障害年金を受給できるとのことでした。救われた気持ちになりました。

(さぎすわべ仁・40才・東京都)

うつ病で障害年金を受給している人間の愚痴

1、進まない精神福祉
まず、栃木県は一番の作業所数を誇っていますが、潰れていっているのが現状です。障害年金は、物価の上昇に伴い、今年上がりました。それでも年間78万。私は結婚しているので、夫の給料でやりくりできますが、それ以外の方はどうしているのか、心配でなりません。家賃で言えば、当然ワンルームでもギリギリの額でしょうし、交通費もかかります。そして、精神障害者は救急車に乗れません。もし大量に薬を飲んでしまったとき、もう死にたくて仕方がないとき、頼りにできる場所がありません。私は薬を大量に飲んだとき、20件目の精神科でやっと受け入れられて、それでも救急車は出せず、自力でタクシーを呼びました。確かに身体障害者と違って「死なない」障害者です。ですが、いつも死と隣り合わせの障害者なんです。こんな福祉、変えたいですよね。

2、交通手段の限定
私は精神2級の手帳を持っています。毎年混み合っている役所に、やっとの思いでもらいに行くのが、バスカード12ヶ月分。これを何に使うのか、と言えば、通院です。ですが私は県外の病院にかかっていて、高速で朝方の6時から移動。料金は8000円強です。それが月に一回です。昔は電車のオレンジカードがもらえましたが、JRさんが発行しなくなったのを理由になくなりました。タクシー券は精神1級の方。精神1級の方がご自分でタクシーを呼べるのか、はなはだ疑問です。

3、精神障害者が利用できる施設
元々外に出ることが難しい私たちですが、外には障害者の特典が思わぬところにあります。まず、駐車場。市営駐車場はたいてい2時間無料です。車天国の栃木では助かりますね。次に映画館。障害者と、付き添い二人が1000円になります。これは友達を作るのに便利。ですがなんとかデーで1000円になってしまうのは、ちょっとため息をついてしまいます。あとは福祉施設の利用。ですがこれが一番難しいです。会議に使おうとしても、障害者だということを隠したいなら、出せませんよね。PTAなどの会合にはもってこいなんですが、まだまだ課題が残ります。このような制度は本当に変えていかないと、精神障害者の居場所がなくなってしまいます。好きで障害者になってる方なんて、いませんよね。どうしようもなくなって、すがったのがこれだと思います。だから、私は変えていきたいです。どうにかして。

(アキラ・29才・栃木県)

自殺願望・自害未遂、私が障害者年金2級を受理された経緯

【まずは自分の病気紹介から】

私は14歳の頃、中学校2年の2学期頃から不登校になりました。理由は色々あったとは思うのですが、経度のイジメ・学業に対する熱意の消失、なのが主な原因でした。
その後、たまに学校に行ったり、先生が同級生を連れて自宅に来てくれたりなど、多少の交流はあったのですが、3年になってからは完全に学業を拒否していまいた。
その頃から心療内科・精神科を探しては受診し、そこである先生に「学校に行きたくなければ行かなければいい」と言われ、良くも悪くも不登校を自己肯定し始めました。
高校は通信制に進学。しかし3年途中で再び不登校に。

その頃から自分に否定的になり、衝動にかられては無茶、無謀な挑戦と失敗を繰り返し、一日の中で調子が良い状態と悪い状態が右往左往する精神的に超短期的躁鬱病にかかりました。
自殺願望が発生し、多量服薬(一回に120錠など)、飛び降り未遂、包丁を取り出して自害未遂。それらを複数回繰り返し、手が負えなくなった両親は自分を病院に入院させました。
約半年の入院後、それでもまともな生活は送れず、苦痛を伴う毎日を送り、最終的には地域福祉センターで紹介してもらった精神科に特化している総合病院で服薬とカウンセリングの治療を受け、現在体調は心身ともに良好です。

【年金の受給に必要な大変な労力】

自分はそういった経緯が認められ、障害者年金をもらっていますが、入院していた半年の間に家族が(主に母親が)様々な方法で障害者手帳と障害者年金を受理されるよう紛争してくれたおかげで、今現在障害者年金は2級、障害者手帳には3級で今の自分の立場が固定されました。

ただし、障害者手帳は比較的簡単ですが、障害者年金は簡単には通りません。
まず精神的理由で受診した病院に初診証明書を書いてもらい、次に渡り歩いてきた病院に行き同じような書類を書いてもらう。自分は複数の病院にかかっていたためあちこちに母親が走り回り、証明書の制作の打診、受け取りで最低二回。医者や病院の都合によりさらに数回。これらを行ってようやく必要な書類が揃います。

さらに次は障害者年金受給に対する申請書を書きます。
市役所に行き書類をもらい、過去にあった全ての病気による言動を書き記し、病院での診断も書き記します。
自分は相当酷かったようで、A4紙の1,5倍はある書類の表裏に書き続けて3枚にまで達しました。
それを下書き、間違いを正す、清書と段階を踏み、万全だと思って提出すると「ここがおかしい」「ここをもっと詳しく」「ここはいらない」など、役所の方に指摘を受けその度に書き直し、また書類を集める時にお金が5000~10000円ほどかかります。

それらをすべてクリアして初めて、審議に入ってもらえるのです。
自分の場合それを全て母親がこなしてくれたため(その時期自分は多少良くなったとはいえとてもそんなことが出来る状態ではなかったです)、お金が貰えると安易に考えていました。
そして審議は無事に通り、障害者年金2級として月65000円の支給を受けています。

【障害者年金は貰うためのハードルが高い】
ただし、その労力、費用、難しい提出方法など、受給されるためには相当な根気が必要です。
また、それだけやっても病気が軽いと判断されたり、書類に不手際があると通りません。
しかし、障害者としては、働かずにお金が貰えるという事は良くも悪くも精神面を楽にしてくれます。
障害を持つ方、またはそのご家族の方は一度ご検討してみるのも良いと思いますが、その際、自分ひとりで行わず、地域の福祉センターなどに相談し、具体的に説明、該当するかどうかなどを相談した上で始めることを強くおすすめします。

(障害年齢11年・25才・栃木県)

病院で自立支援の制度を使えば自己負担額が減る件

障害者手帳や障害年金については、身体的にハンディキャップを背負った人が受けるものという事しか知識がありませんでした。しかしうつ病になり通院し始め、「これは長期戦になるかもしれない」と思った頃に病院で自立支援の制度を使えば自己負担額が減り、金銭的にも楽になるかもとアドバイスされました。病院のケースワーカーさんに相談する事にして、その日はひとまず資料を頂いて帰宅しました。
その資料の中に、精神障害者手帳の事や障害年金の事に関する資料もあり、うつ病でも症状の重さ等によっては受給できる可能性がある事をその時知りました。

しかし当時結婚・引越しをしたばかりで、自分の中ではできるだけ早く治して仕事をしていなければ社会人としてダメなのではないか、結婚しても働く気満々でしたし主人も共働きというつもりでした。何よりも障害者手帳を取得した時点で自分は社会の輪から外れるんじゃないか、私達夫婦のそれぞれの親兄弟から疎まれるんじゃないかという偏見のようなものがありました。
色々ネットで情報を集めたりしながらハローワークで失業保険の手続きのついでに、以前の勤務先でのストレスでうつ病になってしまった事や通院が長期的になりそうな事を話したところ、担当の方から「精神障害者手帳を持っている人に向けた求人もあり、その求人を出している会社は事情を分かった上で採用するはず」と言われました。同時に「今利用できそうな物は利用して治療に専念するのも手段のひとつではないだろうか」とも言われました。

そしてケースワーカーさんと相談し、自立支援の手続きと一緒に障害者手帳の申請も行う事、通院開始日がまだ退職前だった事もありダメ元で障害年金の手続きもしてみようという事になりました。ケースワーカーさんに相談しながら書類を用意したり、主人と制度について改めて調べたりしました。診断書代も結構な額になりましたし、体調が悪い時に市役所や年金事務所に行ったりしなければならなかったりと手続きの段階でくじけそうになりましたが、なんとか手続きを終えて結果を待つ事になりました。

結果的には障害者手帳も交付され、障害者年金も3級ですが受給する事ができましたが、交付された当初は困惑しました。結果を待っている間にも自分の中でどうしても偏見のようなものが拭いきれなかったのです。しかし当時住んでいた所から通院している病院までの交通費が半額になったり、障害年金で一応収入があるという事で経済的な負担が少しではありますが軽くなったのは事実でした。
取得してから数年がたちましたが、治療はまだ続いています。自分の中ではまた働きたい気持ちは大きいので、主治医と相談しながら徐々に働ける時間を増やしていければいいと思っています。いずれは障害者手帳を返納し、十分に働けるようになったら障害年金の受給もやめようと思っています。
偏見は確かにありますが、治療が終わるまで自分の生活のサポートするツールとして利用するのもありなのではないかと思います。

(はげまるうどん・35才・秋田県)

【入門】障害者手帳・障害年金・生活保護

まずは 障害手帳からの取得をお勧めします。

障害手帳を発行していただく事は とても簡単で病院で代行して行ってくれるケースもあります。手帳は3級までありますので、まず申請には通ると思います。障害手帳があると ないでは大きく違い、再就職の際 病気をクローズ(隠す)オープン(公表する)で違いますが 障害手帳があると このオープンで働く。と言ったケースに必ず必要になってきます。つまり逆に言うと 病気でもいいです。と言った企業に就職する際には 必ず必要になるのです。これは 病気を持って退職などした方や 再就職をされる方には非常にメリットがあります。必ず 障害者手帳をまずは持ちましょう。スポーツセンター等の公共施設が無料で使える等の利点もあります。病気と闘うために運動するなんて方には非常に便利な代物なのです。又必要なかければ人に公表する必要のない物でもあります。偏見ですとか気にする必要もなくなりますよね。 なので、まずは手帳を持つことをお勧めします。

次に障害年金ですが、これは 発病した際の初診の病院への定期的な通院から逆算して 1年半が経過していないと申請できないので 病院の先生に詳しく聞いてみることをお勧めします。発病して初診を受けた際の年金が 厚生年金なのか国民年金なのかで受給する年金基金が変わってきます。厚生年金に加入している時に初診で病院へ行ったなら厚生年金の1級から3級までの認定が受けれます。又国民年金ですと1級から2級の認定が受けれます。これは始めの手続きが意外と大変で 大きな病院ですと代行してくれるケースもあるようですが、実際に認定を受けて年金を受給すると 大きな金額が二ヶ月に一回入るのですから、出来れば申請をお勧めします。私は3球ですが 月にして約5万円の収入と障害者として働いている収入手取り10万円で生活しています。これが2級になると 月にして7万円以上のお金が振り込まれますので 生活が助かる事は間違いありません。

最後に 生活保護なのですが、これは持ち家や分譲マンションではない賃貸に住んでいれば簡単に支給決定されます。ここで重要になるのが 障害手帳もしくは障害年金です。これが2級以上ですと 生活保護に加算の金額が上乗せされるのです。普通の一般の方の生活保護費よりも高い金額を支給してもらえます。これは非常に大きいのを実際に生活保護を受けて思いました。私は3級ですが友達は皆2級でしたからね。

まとめになりますが、生活を立て直すのが先決なのは 皆様同じだと思います。まずは手帳取得から初めて病気の治療や社会復帰に向けて非常に助けになる仕組みですので ぜひ活用して少しでも 早い回復が出来るよう考えてみて下さい。又生活保護も含めて大きな病院ですと代行してくれます。なので安心して治療に専念して頂ければと思います。

(ダビデ・47才・広島市)

うつ病で障害年金を申請して取得した方法【体験談】

うつ病と付き合って21年、やっと気が付きました。これはもう完治しないのではないかと。完治しないということは、もはや病気ではなくて障害ではないかと思ったのです。主治医に相談しました。「治るのでしょうか?」「完治は難しいですね」「ということは障害ですか?」「申請しますか?」「できますか?」「できますよ。担当者から説明しますので、待合室で待っていてください」どうやら主治医はすでに「障害者」と見ていたようです。医者の方から「障害者申請しましょう」とは言ってこないようです。

障害者は、障害の程度に応じた障害者手帳を持っていて、手帳の等級に応じた障害者年金が支給されるのだと思っていましたが、実際には「障害者手帳(精神保健福祉手帳)」の等級と、「お金(障害年金)」の等級は別々に認定されるとのことです。年金のほうが厳しいようで、私の場合は手帳が2級か3級で、障害年金はほぼ3級と言ったニュアンスでした。障害年金が3級だと、障害厚生年金しか支給されません。発症当時厚生年金に加入している必要があります。私は幸い該当します。手帳と年金を同時に申請することも可能ですが、、その場合は障害年金で3級認定されると手帳が2級相当であっても障害年金にあわせて手帳も3級になってしまうとのことでした。私の自治体では、手帳が2級だと医療費が無料になります。別に申請すると診断書が2通必要になって、費用は掛かりますが、まずは手帳を申請することにしました。障害認定の診断書は5千円と高額なのです。

手帳は結局3級でした。次に年金の申請に移りましたが、これが厄介です。家族に助けてもらいながら何とか乗り切れましたが、うつ病患者が一人で申請するのはちょっときついかもしれません。年金事務所で信頼できる担当者と協力しながら進めるのが良いかと思います。申請書類からややこしいのです。初診日に厚生年金に加入していたか、5年前に遡って請求する(遡及請求)か今から請求する(事後重症)かで申請書類が4種類あるのです。遡及請求が認められれば金額的には大きいのですが、家族に助けてもらっても難しそうでしたので、事後重症で申請しました。それでも自分で発病から現在までの闘病を思い出しながら「病歴・就労状況等申立書」を記入したり、戸籍謄本、住民票、家族の課税証明書等を揃えて、診断書を用意して申請です。家族に助けてもらえたから何とか認定までこぎつけましたが、自分一人ではちょっと難しかったと思います。

(つぶピー・55才・愛知県)

若いときに年金の未納で障害年金を申請できなかった件

8年前に、うつ病と診断されました。夜なかなか寝付けないことが続いていたのが、前兆でした。その後、しんどくて、1日中布団で過ごし、何も手につかない日々が続きました。特に、病気の原因は分からないのですが、多忙だったことや、色々背負いすぎていたことが原因ではないかと言われました。うつ病になり、2年くらいはしんどい日々でしたが、だんだん落ち着いてきて、普通に日常生活が送れるようになりました。精神安定剤は、副作用の強いものもあるようで、薬を減らしてもらうごとに体が楽になりました。うつ病を患うと、なかなか社会の中で活動できない時期もありましたが、市のイベントや格安の習い事などに参加して、なるべく社会参加するようにしました。人の中に入っていくと、時々人間関係で悩むことも出てきますが、元気をもらえることの方が多い気がします。

障害者手帳に関しては、家族が、病院で開かれている「家族会」に行ってきて、知ることができました。主治医の先生に、「障害者手帳はもらえますか?」と聞き、申請をお願いしました。手続きは、病院の方でして頂けましたので、特に大変ではありませんでした。障害者手帳を持っていて、1番メリットになるのは、税金の控除です。夫の扶養に入っているのですが、夫の税金がかなり控除されました。ご自身で車の運転をされる人は、その税金も控除されるようです。また、県や市の公共機関が無料になります。例えば、美術館や動物園などです。ただ、知り合いに知られたくないときには、施設などで障害者手帳を提示しない方がいいかもしれません。

また、障害年金ですが、私は若いときに年金の未納があり、申請することができませんでした。せめて、国民年金の免除申請をしておけばよかったと、思っています。障害年金の納付条件を満たしていているようでしたら、障害年金について主治医の先生か、ケースワーカーの方に聞かれるとよいと思います。障害年金がもらえるかどうかで、ご自分の生活費も大きく変わると思います。

(Lily・38才・愛媛県)

障害者手帳2級をもらえたが障碍者年金は落とされた話

私がうつ病を患ったのは、平成2年の夏でした。社会人2年目の時ですが、当時空調関係の営業の仕事をしてたのですが、その季節は猛暑で、尚且つバブルの時代だったので、営業しなくても売れる時代だったんですが、売れるからこそ商品が無いとか、猛暑が続くから故障も起きやすく、毎日朝から電話の嵐で、内容は謝罪に行ってくれとか、商品はまだ届かないのかとか、見積もりを早く出せとかの繰り返しで、また2年目というのもあり、人に任せるという事ができず、全部自分が背負い込んでいたので、毎日が憂鬱になり、やがて食欲も無くなり、喉は圧迫感が出てきて、何もやる気が起きない状況になって、しまいには殺されると言う脅迫概念に襲われ、それがきっかけで精神科に通い、とりあえず1ヶ月休養しました。
所属も営業から内勤に変えてもらいましたが、結局営業の時の上司と合わず、上司に悩まされ、また休むようになり、その会社を辞めました。それからというものは、転職しても脅迫概念は消えず、そのたびに休むことが多くなり、あちこち転職して、もう社員ではなくて時間が短いパートで働くようになり、年も取り転職活動をしていましたが、全然受からないので、ハローワークの紹介で、転職セミナー受けた時の先生から障害者手帳と障碍者年金の話しを聞かされ、初めてその存在を知りました。

知ったのが2年前なので、23年間存在を知らないまま働いていました。障害者手帳も障碍者年金も、通っている病院の先生に手続き用紙と診断書を書いてもらわないといけなのですが、障害者手帳は2級を貰いましたが、障碍者年金は、先生が言われてた通り申請はしましたが落とされました。障害者手帳のメリットは、広島市では、広島市運営の駐車場がタダになることとか、障害者専門の求人が受けられるとか、タクシーチケット(500円)か市内電車又はバスが半額になるだけでなく、専用カードが配布されます。私は今、就労施設A型という所で働いています。これも、障害者手帳がないと入れません。そこで、キャリアを身に着けながら、皆が障碍者なので、気兼ねなく働けます。障碍者手帳は、持つ権利がある人は、持つべきです。ただし、各自治体でサービスが違うので、そこは調べないといけません。

(のり・51才・広島県)