部屋に閉じこもり攻撃的になった

私は4年前にうつ病と病院で診断されました。当時は実家に暮らし、親に認められたく必死に勉強や機嫌とりを頑張っていました。ですが、だんだん自分の中でもう限界と言う気持ちが大きくなり次第に部屋に閉じこもるようになりました。

はじめて体に不調が訪れたのは閉じこもるようになってから2ヶ月程過ぎた頃です。夜にしっかり睡眠をとれなくなり朝まで起きていることが多くなり体がだるい日が続きました。ご飯も規則的に食べることが出来なくなり攻撃的になりました。そんな日が続きふと親の顔を見ると何時もより無表情に感じました。まるでマネキンが自分の目の前に立っているような恐怖を感じ、思わず小さな悲鳴を上げた記憶があります。集中力もどんどん低下していき、何に対しても全く手を付けられなくなり、片付けも行えず毎日部屋の中でなぜこうなるのか、なぜ自分は他の人が普通に出来ることが出来ないのかと泣いていました。実際自分というものが分からなくなっていたのだと思います。それから半年たったある日、親と口論になり今まで心の中で思っていた事が全て爆発してしまいました。号泣しながらひどい暴言も言い、完全に自分でも制御が効かなくなっていました。すると少しですが心が軽くなったような気がしました。それから2年かけ、元の生活が出来るように少しずつですが回復させていきました。今は親とは別の場所に住み程よい距離を保っています。

まさか自分がうつ病になるとは思っていなかったので、なぜ自分の体調が悪いのか理解ができていませんでした。はじめは病気かなと思い内科にも受診しました。体調が悪いと思ったらまずは体の病院に行き、それでも治らない場合は心の病院に行ってみると言う事も大切なような気がします。うつ病という自覚が持てるだけでも心持ちが変わると思いますので、是非少しでもおかしいと思えば一人で塞ぎ込まず相談する事をおすすめします。

(かな・23才・岡山県)

体があちこち痛んだりだるかったり吐き気を感じたりする症状

うつ病と診断されて約15年のパートをやっている主婦です。
うつ病というかメンタルの病気だなと感じたのは、体があちこち痛んだりだるかったり吐き気を感じたりするのに内科の検査結果がすべて異常なしだったときです。
例えば、朝起きられずに這って洗面所に行ったり、体中が痛んで整形外科やペインクリニックに行ったりしました。ペインクリニックでは全身に痛み止めの注射を打つような荒療治もされましたが、全く効果なしでした。胃が痛んで食欲がなく、だるいのに眠れないという悪循環を毎日繰り返しながらやっとの思いで働いていました。いつも疲れた顔をしていたようで、買い物しながら見知らぬ人にだいじょうぶ?と声をかけられたことがあります。いただいた名刺から霊感商法の人だとあとでわかった次第で、そんなにひどい顔をして歩いていたのかと思いました。

全くもって健康な血液結果と反比例して気持ちは「自分はなにか重症である」という危機感がつのり病院を転々としましたがどこも診察結果は同じで、誰にもわかってもらえずにとても苦しかったのを覚えています。

友人がいいドクターがいると私に勧めてくれたのが心療内科だったので行ってみました。精神科だと人に勧めにくいけれど、心療内科なら勧めやすいし受診もしやすいというのはあると思います。そこで初めてうつ病であると告げられようやく気休めではないお薬を手にし、治療が開始されたのです。

病気がひどくなってからは退職し3年間ほど専業主婦をしておりました。
現在は障害者手帳を持ち、就労継続支援A型の作業所で働いています。いずれは一般企業の障害者枠で就労をしたいと希望しており、毎日職業訓練に励んでいます。

(オウチデパン・51才・栃木県)

胃のむかつき、胃薬を飲んでも治らない。うつ病だった!

仕事で、我慢に我慢を重ねて異常に眠るようになってしまいました。仕事自体ほとんど残業はなかったので、家に帰り着くのは夜の7時くらいでした。食事を済ませ、お風呂に入り、8時くらいにはゆっくりできる状態でした。8時に寝て、あすの朝6時に起きたとしても、10時間寝れます。十分だと思うのですが、うつの始めの頃は、10時間眠れても全然足りないと感じていました。今思えば、現実逃避をするためだったのかもしれません。寝てる時だけが、幸せだと感じていたような気がします。

次には、胃のむかつきがとれなくなっていきました。最初のうちは、市販の胃薬でも効いていたので飲んでいました。そのうち胃薬を飲んでもむかつきがとれなくなってしまいました。そして、仕事中に仕事の用事で銀行に行って待ち時間中に、何度もコンビニのトイレに駆け込んで吐くの繰り返しになってしまい、なにか体がおかしいと思いだしました。

会社の上司に相談しましたら、胃に異常があるかもしれないので胃カメラを飲んで来いと言われ、胃カメラの有名な病院を予約していただきました。そして、検査してもらいましたが、異常なしとい結果が出ました。

そして、そのことを上司に報告いたしましたら、胃が悪くないんだったら、精神的な方に異常があるのかもしれないと言われ、心療内科を受診するようにすすめられました。心療内科では、先生がいろんな質問をしてくださり、いろんな話を聞いてくださって、最後はうつ状態との診断結果。わたしが診断書出すから、明日から1か月会社を休みなさいといわれました。しかし、結局会社は辞めることにしました。

(ティンカーベル・37才・福岡県)

旦那の両親に会うときはパニック対策に頓服薬を持参する

私が29歳の時に経験したのです。当時は、旦那の両親と同居をしていました。二人目を産んだ後と言うこともありあまり寝てないと言うこともあったのですが、毎日の旦那の両親からの嫌味に対して凄くストレスを感じていたのです。はじめにあらわれた症状は、目眩です。朝起きて布団から起きようとすると目眩が酷くて起きれませんでした。そして次に耳鳴りです。そこからは、どんなことをしても疲れてても寝れなくて不眠症になりました。そうなるとご飯も食べれなくなります。どんどん笑えなくなり布団にもぐって誰とも会いたくない気持ちになり布団から起きれなくなりました。そんな私の状態に旦那は最初は甘えと思い呆れた表情でみていました。しかし日に日に私の状態が悪化するので心療内科に受診しました。先生から色んな話をされるのですが顔を見る余裕もなくずっと先生の靴をみていました。そしたら入院と言われましたがそれだけはものすごく嫌でしたので自宅療養になりました。実家に帰ってからは、少しずつ体力も精神的にも回復してきました。しかし、旦那の実家には帰れなくてその後は、旦那と子供達と違う場所で暮らしてます。今も安定剤などの薬は服用してます。もし薬をなくしたらと言う不安もあります。でも、不眠症の薬はなくなりました。うつ病になると言うのは、本当に紙一重のところなんだろうなぁと思います。旦那の両親とは付き合いはありますが、会うときはパニックになったときの頓服薬も持参してます。

(トトロ・32才・福岡県)

うつ病のシグナルはネガティブ思考

数ヶ月の間でしたが、会社でいただいている責任も、コミュニティの中で果たしている仕事も行えなくなり休職しました。怖いのは自分ではうつ病になっていると気が付かないことです。そのシグナルは、ネガティブな思考パターンでした。何をやっていても、常に「自分が悪いんだ」と思う傾向になってしまいました。極端な例を言うと、相手からぶつかってきたり、相手がミスしたことも「自分がここにいたからぶつかったんだ」とか「自分がよけることができたらこうはならないのに」と思ってしまっていました。

うつ病のさなかにある人にとっては、自分が今病的になっているというのを認識することが難しいことです。思考パターンがゆがんでいることを知るためには、誰かに指摘してもらわなければなりませんでした。私の場合は、パートナーに時間をとって、話を聞いてもらうことで、「それちょっとおかしいね、なんでそんなふうに思うの」と質問してもらうことで、自分の歪みを感じ取ることができました。自分が、今、正常な思考パターンを持っていないと認識していないことを認識する。これがうつ病を治療する際の何よりの薬です。認知療法ですね。

パートナーがいれば話を聞いてもらえますが、常にネガティブな話を聞かされる側もたまらないと思いますので、おすすめの方法は、日記を書くことです。調子の良い時、悪い時あると思いますが、毎日日記を書いていることで、今の自分のメンタル面のバランスを把握することができます。自分自身で思考の歪みに気がつければそれを正すことも決して難しいことではありません。

(ヨシくん・35才・北海道)

会話もなく黙々と業務をこなしていたらうつ病になった件

私は大学卒業間近の頃、内定が決まっていた会社にインターンに行きうつ病になりました。これまでとは全く異なる環境であり、一日中緊張していたのを覚えています。大変静かな職場では、ほとんど会話もなく黙々と業務を行いました。お昼ご飯も自席で黙って食べる毎日でした。上司には頻繁に期待していると声をかけられ、大変プレッシャーを感じていたように思います。さらに、訳あって自宅通いだった私は、毎日往復5時間の通勤で身体的にも疲れ果てていました。インターン期間は半年であり卒業後は就職予定でしたが、結局就職は辞退することになりました。

今思うと、いくつかうつ病のサインが出ていたように思います。インターンも中盤に差し掛かったあたりから、夜眠れなくなりました。それは日を追うごとに悪化していき、朝が来るのが嫌だと感じるようになりました。毎朝5時起きだったこともあり、布団に入ってもすぐに朝が来ることに恐怖を感じていたためです。身体は疲れているのに、布団に入っても眠れない毎日は本当に辛かったです。次に、職場付近の駅で気分が悪くなり手洗いに走り込むようになりました。胃がムカムカして戻すようにえずきました。そしてインターン後半には、仕事をしているときや何でもないときに、急に涙が出てくるようになったのです。全然泣こうと思っていないのに、涙が勝手に出てくるようになりました。

私は学校からの紹介でインターンに行ったため、心身の不調を感じてもなかなか言い出すことができませんでした。そのため、やっと治療を始めたころには弱りきっており回復までに時間がかかってしまいました。次の会社に就職できるようになるまでに、心と体のリハビリが必要でした。その時私が感じたのが、もっと早く家族にSOSを出しておけば良かったということです。一度壊れた心身を取り戻すには、大変時間がかかってしまいます。少しでもおかしいと感じたら、回りの人に助けを求めてうつ病の早期治療をしてください。

(yuki・31才・滋賀県)

夜眠れない、現実味のある夢、うつ病のサインかも

あまり思い出したくないのですが、私の場合はとにかく、夜眠れませんでした。多少眠れたとしても、夢を見ます。その「夢」が妙に現実味を帯びていて、起きた後すごく疲れてるんです。勿論夢の中は行ったことのないところだったり、現実にはそんなこと起こらないものなのですが、脳がすごく起きていて、動いている感覚がしました。
そういったことが起き始めたのは、実際に自分が「眠れない日が続いている」ことに気が付く前だったかもしれません。それに気が付くもっと前、実は一人暮らしをしていたのですが、その時に一度、夜眠れないことが頭に来て、夜中に部屋のカーテンを全部、かなりの力で引っ張って、カーテンレールから引き離したり、別の日の夜にも眠れなくて、その日は寒かったので夜にファンヒーターの灯油入れに、赤いタンクから灯油を入れようと思ったのに、赤いタンクの蓋がどうにもこうにも開かず、「部屋を暖めたら眠れるかもしれない」と思ったので、タンクの蓋が開かないことに腹を立てて、雑巾をタンクを何度も何度も叩きつけていたのを思い出しました。
考えてみればそのあたりからすでに兆候が出始めていたのか、とも思いますが、人は弱い生き物なので心身ともに疲れていても、気が付かないことなんてよくあること、誰にでもあることなんです。だから、私もいつがうつ病の始まりだったのかなんて、わからないです。必死で生きているときは特に自分の体のことは後回しになってしまうので、「何か変かもしれない」と思っても、「気のせい」で通り過ぎてしまうんです。
ただ、「風邪は万病の元」とも言われるように体の症状も放っておけば放っておくほどひどくなっていくのと同じで、心のほうも放っておくとひどくなります。うつ病の場合「心」とはいうものの、「脳」の病気なので、治るまでに時間がかかったり、更には治せなくなる場合もあります。今もし「何か変」と、悩んでいる方がいたら、早めの受診をお勧めします。

(裕子です・36才・岩手県)

笑うことがなくなり、孤独感と絶望感にさいなまれる症状

私は高校時代にうつ病と診断され、学校を数か月休学した経験があります。主な原因は部活の先輩によるいじめでした。

いじめを受けてから食欲不振や不眠の状態が続きました。日常生活においては、部活での嫌な思い出が不意によみがえり、今起きている事に集中することができなくなりました。授業に集中できず、成績にも影響が出始め、また相手の話に集中できないので友人にも嫌われるようになりました。こうなると人間関係も億劫になり以前よりも口数が減りました。また家ではテレビやゲームなどをしていても集中できず、おもしろいと感じることができなくなりました。これらの結果、常に強い不安を抱くようになり、笑うことが全くなくなりました。そして自分の顔が数か月で激変し、暗い顔になってしまいました。こうなると周りの友人がますます離れていき、孤独感と絶望感にさいなまれました。このような状態で部活になんとか通い続けましたが、これ以上は学業や学校生活に支障をきたすと思い、2年生に進学すると同時に退部を決意しました。退部すれば症状も和らぐのではと思っていたのですが、一度陥った負のスパイラルから抜け出すことができず、親に相談し精神科を受診しました。その後一時休学し、数か月後には復帰しましたが、上記のような症状が大学時代まで続きました。

今当時を振り返ってみて、もっと人に早く相談するべきだったと思います。私はいじめられている事を知られたくない思いから、親に相談できずにいましたが親に自分の不安を口にするようになってからは、少しづつではありましたが、症状が緩和されていきました。今うつ病の疑いがある人はあまりストレスを溜め込まず、早めに親や友人、または精神科の先生に相談することを強く勧めます。

(ガルシア・23才・愛知県)

無気力で仕事のミスが増えるのは、うつ病のシグナル

3ヶ月前、診療内科でうつ病と診断されました。現在は治療のため休職中です。仕事はシステム開発をしており、システム開発の仕事は忙しいという噂の通り、忙しいときは常に終電前の電車に乗って帰宅するような生活を送っておりました。

うつ病と診断されるすこし前は毎朝目覚めが悪く、簡単に起きられない、頻繁に下痢になる、仕事時は午前中は常に無気力な状態で仕事が手につかない状態で、夕方(定時ぐらい)からやっと頭が動きだすようになるなど、仕事の効率が極端に悪い状態が続きました。また無気力な状態で行った仕事は当然ミスも多く、上司から怒られやり直しをするなどで、非効率&ミスでまた残業が増えるという悪循環に入っていました。自分がうつ病であることを自覚したのは、今までなんとかかんとか仕事に行けていたのが、ある大きな仕事が終わったとたん、気持ちが切れてしまい頭の中の線がプツンと切れるような感じがして、次の日から会社に行けなくなってしまいました。その後、診療内科に駆け込むことになり、医師からうつ病の診断書をもらい休職することになりました。

思い返すと、午前中は頭が回らず無気力状態が続いていたこと、頻繁に下痢をするなどの症状が、うつ病の初期症状だったかもしれません。初期症状の時に自覚があれば、上司に休みや仕事を減らしてもらうなどの相談が出来ていたと思います。完全にうつ病になってしまい休職してしまうと、なかなか職場に復帰することが難しくなってしまいます。仕事の忙しさが続くと自分をケアすることを忘れてしまいがちですが、常に自分の状態を意識することが大切だと思います。

(1414・31才・鹿児島県)

下痢と背中の痛み、鬱と診断された

私は大学を卒業し、病院に就職しました。同期は四人でよく仕事終わりにご飯を食べて帰っていました。

職場に慣れてきた6月ごろ就職して初めてミスを犯しました。上司に怒鳴られ反省文も初めて書いて、今度は二度と同じことは繰り返さないように、自分なりに対策をたてながら、仕事をしていました。しかしながら、働く環境は人間関係は劣悪。わからないまま業務はしないように、わからない所を聞こうとしましたが、業務は多忙で先輩達の言葉使いはキツく、どんどん聞くことができなくなってしまいました。わからない所は聞けない、失敗する。また、怒鳴られるの繰り返しでした。昼休みも、恐怖で先輩と話せず業務があると嘘をつき仕事に戻ることもありました。夜勤の時は、最悪で先輩と二人きりで仕事をしなければならず、ずっと文句の言われっぱなしで、仕事の雰囲気はストレスフルでした。

ちょうどその頃から、日勤の前の日の夜は眠れなくなりました。朝がくると仕事に行かなければならず、あの環境で働くのかと思うと朝がくるのが怖かったからです。そして、何故か思いつめてしまい、涙が出てくる始末でした。そのせいで朝もギリギリまで寝てしまう為、職場につくこともギリギリでした。そして、職場の上司に挨拶に行くことも出来なくなりました。また、業務前には必ず下痢をするようになりました。今思えばそれが、サインだったのです。途中に似たような状況で退職していく人はいましたが、私には辞めたいと言ったら周りから何を言われるのか恐怖でだったのと、自分のプライドが許さずやめられませんでした。その状況が続いた時背中に痛みを感じ始め、整形外科受診となりました。結果は異常なしでストレスからくるものという診断でした。その後心療内科受診したところ、鬱と診断されました。休養後、転職し現在はとても楽になりました。もっと早く休んでいたら、鬱にはならなかったのかもしれないと思いました。

(すう・27才・山形)