有名な心療内科は新規の予約が取れない

2014年5月、31歳という年齢で持病がありフルタイム勤務が出来ず、将来の不安からうつ病になりました。ネットの口コミで老舗でいいと評判の病院へ電話をしました。新規の予約は取りづらく、一ヶ月近く待つと言われその日見てくれる違う病院へ向かいましたが、これは精神患者にとっては辛いことではないでしょうか?そしてその後通っていた病院に不信感を持っていたので、再び予約を取り、また一ヶ月後と言われ泣く泣く通っている病院に1ヶ月通って予約日を待ちました。
予約が取りづらいというところはマイナスでしたが、それ以外はとてもいいところでした。まず問診表を書き、看護師の方がその後詳しく内容を聞いていくれました。血圧も測りました。そしてその後先生の診察ですが、とても優しく聞いてくれました。前の病院では決め付ける先生というか、心配だから1週間しか薬を出せないと言われたり持病があるのにジムに行けと言われたり「どうしてこんな状態になったのか私(先生)には分からない」と毎回聞かれるのが苦痛でした。調子が悪く予約外に行くと受付の人に怒られました。今回の先生は私の話をよく聞いてくれて、毎回分からないと聞かれるのがいやだったというと「分かったら苦労はしないよね…」と言ってくださいました。毎回の診察も薬はどうですか。調子はどうですか、気になることありますかと丁寧に聞いてくれました。薬が中心ですが、サポート的な存在で上手く利用していきましょうという考えの先生でした。今度の診療日もいつでもいいですよ、予約して、その前に来てくれてもいいですからと言って下さっています。
実はその先生にかかっている中でも、漢方を中心に使用している病院に1度ありました。その先生もきつい先生で、「あなたにはやる気がない!」といきなり言われました。やる気がないから病院へ来ているのにと思ってしまいました。漢方は今後考えるけれど、その先生にはもうかかりたくないと思いました。
私は今予約の時間がかかったけれど優しい先生に恵まれ治療をしています。患者に寄り添ってくれることが心療内科で一番たいせつなことだと感じ、一番寄り添ってくれる方がいるからです。心療内科は相性だと思います。私には活を入れてくれる先生は合いませんでした。でもそんな先生だけではないので、合わないなと思ったら違う先生を探すことが大事だと思います。もちろん、今の先生は優しすぎて厳しい先生に会いたいと思ったら探せばいいと思いました。

(ai・31才・神奈川県)

心療内科は方針や先生の人柄により合う・合わないがある

高校生の頃言葉のいじめに遭い、学校を休みがちになりました。毎日のように陰口を言われ、高校3年になった時は3日しか教室に行けず、半月ほど不登校が続いていました。その際、学校の先生の紹介で近郊の市立病院の精神科を受診したのですが、うつ病などの病名の診断は特にありませんでした。薬を処方してもらうと、休みがちではありましたがいくらか気分が楽になり、何とか別室登校を続けて無事卒業することが出来ました。

進学のため実家を離れることになり、先述の先生から新しく心療内科を紹介してもらい、数年通いました。その心療内科は簡単な診察と薬の処方のみで、可もなく不可もなくといったところでしたが、ある時から先生の診察が非常にあっさりしたものになってしまい、自ら見切りをつけ別の心療内科を新たに受診しました。

新たに受診した所は、初診の際じっくり今までの生活や辛い体験をカウンセリングで聞いてくれて、先生も気さくで話しやすく、的確なアドバイスをくれるので今も通っています。そこでは対人恐怖症の傾向があると診断され、一時期は会社で涙が止まらないなど深刻な症状だったのですが、薬の処方を変えてもらうと大分安定したので、処方も的確にしてくれていると思います。

心療内科などで診察を受ける際は、決して多くない診察時間で悩みや心の調子をきちんと打ち明けるのはなかなか難しいです。私は大きく落ち込んだり、不安定になった出来事が色々あった場合、紙に書いて先生に渡しています。

心療内科は方針や先生の人柄により合う・合わないがあるので、合わない所に惰性で通うより、症状が軽い時などに新規開拓したり、セカンドオピニオンを探す方が良いと思います。時間とお金をかけて話を聞いてもらい、薬を処方してもらうのは、何より自分が少しでも楽に生きるためですから。

(さよ・29才・北海道)

症状を話たらセルシンという薬を出されました。

去年の今頃から下痢が続くようになって内科を受診しました。レントゲン、CT,血液検査、尿検査、大腸カメラ、胃カメラなどの検査をした結果、過敏性腸症候群ということになりました。自分の健康にも自信がなくなり、さらにそもそもあまり人を信用しないタイプの私は不安が増幅。海外で発生した伝染性の病気のニュースや、海外で人を殺したりするテロ集団の存在、今後、いつか大きな地震が来るとか、新しいインフルエンザがいつか猛威を振るうとか、怖い事や悲しい事ばかりを考えるようになり、それもどんどん暗い方向にしか考えられなくなり、娘に歌ってあげることもできなくなったので、自分でインターネットで調べた心療内科へ行く事にしました。私の家族構成や地域の話、症状を話たらセルシンという薬を出されました。私は第二子を妊娠するかどうかを迷っている時期で、セルシンは妊娠しても大丈夫なのかを先生に聞いたら大丈夫だと言われました。でも、実際妊娠して先生は大丈夫って言ったけれど詳しく調べ直すと奇形児が出る可能性があると。絶望を感じました。いろいろ調べたり、内科の先生に聞いたり産婦人科で聞いたりした結果、私も何だかモヤモヤするし、実家の母はやめたら?って言うし、旦那も諦めようか。という事で諦める事に。でももう今までの心療内科に行ける気がしないし、さらに精神的に不安になる一方。その頃の私はさらにこれからの少子高齢化などで年金ももらえなくなってどうやって暮らしていくのか、今の時点でも貧乏なのに、今いる第一子さえ生まなきゃ良かった。。。なんて考えてしまう事を内科の先生に話したら、精神科を紹介されました。そちらの精神科では、まだ第二子を諦められませんでしたので、漢方薬での投薬と、カウンセラーの先生と話すことを勧められました。将来への不安は働いてお金を作るしか問題の解決方法は無いと思うので、消えませんが、上手に心の問題に慣れていくように治療中です。

(chloe・40才・新潟県)

トイレも家族の介助が必要※心療内科で投薬とカウンセリング

私はうつ病になり、復活しました。うつ病になった原因は、転職をした先の職場での僻みからのいじめでした。上司も、その人たちは口が立つので注意することもしませんでした。そういう職場で4年間勤めました。その4年の間には、どんどん私自身が自己否定をするようになり、私が悪いからこういう人と巡り合うんだと考えるようになりました。

そう考えるようになってから、体調に色んな変化が起きてきました。朝起きるのがしんどくなり、脱力感。自分の部署の扉の前に立つと動悸がし、まずトイレに入って鏡に映る自分に頑張れと励まさなければ入れなくなりました。ひどくなると鏡の中の自分を励ましながら涙が止まらなくなりました。最後には職場に行くことも外に出ることもできなくなりました。起き上がることすら難しくなり、トイレも家族の介助で行っていたので、病気になったとは思いましたが、まさか自分がうつ病だとは思わず内科を受診しました。採血やCT、MRIの検査をしましたが異常はなく、心療内科を勧められました。今思えば私は、気力もなく服装すら考えられない状態だったので、家着の着古したジャージにぼさぼさな髪の毛、話す声も小さくすぐに涙ぐんでしまっていたので、うつ病だと思われたのでしょう。正直、心療内科受診に抵抗はありましたが、楽になりたい、消えたいと考え始めていたので、受診をして今の状況から早く逃げ出したいと思い心療内科へ行きました。

心療内科での治療は、抗うつ薬と安定剤の投薬とカウンセリングでした。信頼できる医師と巡り合えたことが、治療に大きく影響したと思います。誰にも話せなかったこともその医師には話すことができ、自分で話す言葉を自分で聞きながらその時の自分の本当の気持ちに気付けることも多々ありました。医師からは、まじめに行き過ぎてきたので、もっと手を抜くことを覚えましょう。もう頑張ることはやめましょうと受診の度に言われました。その治療を2年間続けているうちに、考え方を変えることができるようになりました。その間には退職もしました。そして今は、とても楽に生きられるようになり、自分らしく生きています。

(ゲンキ・36才・大阪府)

うつ病の再発でスピード違反、思考能力が低下した件

昨年の2月にうつ症状が再発しました。それまで10数年以上出なかったのが母との軋轢とそれをぼーと考えていた時に起こしたスピード違反による一発免停。もう何もかもが憂鬱

で一気に思考能力が低下してきました。仕事中の決断を迫われた時に全然頭が言うことを聞かず何かを聞かれても反応できずああダメかなーと思ってました。以前心療内科を受診

したことがあったのでまた受診しました。

心療内科を受診しましたらドクターより家族構成、症状などを聞かれましたが自分からうつ症状で原因は母との軋轢とスピード違反による一発免停で一気に精神的にダメージを受

けたといい簡単な質問を受けました。ドクターからはサインバルタと言うSNRIという薬をもらい薬物治療をすることになりました。飲むのには全くの抵抗はありませんでした。

そんなの考える判断力ありませんから。

20mgカプセルを1日1カプセル飲み始めました。この手のお薬は飲み始めてから2週間くらいしてから効き始めるそうですが僕の場合もそうだったと思います。飲み始めて2週

間くらいたった頃に何だか頭の回転が良くなってきた感じがありました。何より仕事のスピードが速くなってきました。人の言うこともわかるようになってきました。普段当たり

前と思ってきたことが出来るようになってきたのは大きいです。それから薬も2週間後から1日2カプセルに増え、じわじわと良くなっていくような感じです。今ではすっかりよ

くなりましたがドクターから一度減薬を勧められましたがこわくて現在量を維持してます。

(恭平・48才・熊本県)

全身の火照りの症状※強力なエナジードリンクが原因?

私が神経科に通院するようになったきっかけは未だ定かではありません。原因が分からないのです。思い当る点といえば、大学の試験の前夜、強力なエナジードリンクを飲んだことだけ。その翌日から、全身の火照りの症状が出てきました。夏だったので暑いのは当たり前だったのですが、私が感じていた暑さはまた別種のもので、身体の真ん中に熱の球があるといった感じでした。そして私は昼夜問わずその火照りに悩まされ、ついに精神のバランスを崩し、半ば親に引きずられるようにして病院に連れていかれました。

初めに受信したのは内科でした。しかしそこでは何も異常は見当たらず、私は神経科に行くことになりました。初めての受信では最初にアンケートを行いました。様々な質問をされたのですが、その中でこんな質問がありました。自殺したいと思ったことはありますか。私は、はいと答えました。実際、当時は毎日死にたくて、ロープを買って、自殺の準備を進めていたほどでした。

その後、医師の診察ということにあいなって、色々な話をしました。多汗症の気もあった私は、そのことも話し、暫定的な結論として自律神経失調症と診断され、精神安定剤と抗鬱剤を処方されることになりました。これらの薬に頼る罪悪感は今でも少しあります。しかし、これは必要なことで、私は私を守るために、それらの薬を受け入れました。

通院し始めて、もうすぐ1年になろうとしています。その間に、私は大学生から社会人になりました。症状はというと、段々と改善に向かっている、と思いたいです。これが薬のおかげか、それとも社会人になって生活リズムが整ったせいなのか、はたまた定期的に運動をし始めたおかげなのか分かりませんが。

誰かに話す、ということはとても大事なことです。それは友人でも、家族でも、医者でもいいのです。心療科、神経科に行くことは恥ずかしいことでも、後ろめたいことでもありません。病院は人を守るためにあるのであって、そして私は、私自身を守るために存在しているのです。ですから、少しでも自分の身が変だと思ったら、すぐに病院に行き、医者と話すことをお勧めします。

(りょうすけ・22才・神奈川県)

希死念慮とハイテンションの症状

大学時代に知り合いと色々な悩みを相談していた時、悩みが深刻だったので一度カウンセリングでも受けに行ってみたらと言われてカウンセリングに行き始めました。
その後大学を卒業して就職したものの、色々なストレスがたまり最初は内科の方へ「少し気分が楽になるお薬貰えませんか?」と相談に行ったのです。
やがて、ちゃんとした精神科へ行った方がいいという事になり、精神科へ通院することとなったのです。
そこでは、だいたい10~15分ぐらいの診察で薬を処方してもらうという形になりました。
仕事がつらかったのもあって、最初の職場を辞めて職を転々とするようになりました。
その時通っていた精神科までの距離が1時間半だったのです。
そのために新しく働きだした先の近所の内科・精神科のクリニックに行き始めました。
近所のクリニックでハイテンションになったり色々したので、クリニックの先生とは上手くコミニケーションができなく、薬ばかりが増えていく一方でした。
そうこうしているうちに、仕事とクリニックと両面から支えてくれる人がいなくなり症状は急激に悪化し希死念慮がでたのです。
あまりにも症状が悪化したため仕事を辞めることと、精神科病院への通院を勧められました。
そこで希死念慮もハイテンションになる事も受け入れて、穏やかに相談に乗ってくれる精神科医に出会いました。
だいたい、診察は短い時で15分で話の内容によっては1時間ぐらい聞いてくれる先生です。
最初の頃は症状が安定していなかったので2週間に1回の診察でしたが、現在は月1回の診察のペースで近況などを主に話しています。
月1回の受診ですが、調子が悪い時などは早めに受診を心がけてます。
今の精神科医とは相性があっていると思います。精神科医とは、症状を聞いてそれに対して少し会話を挟んだり薬を処方してくれるのが主な仕事です。
私の精神科医は会話をしている時や、薬を変える時は説明を重視してくださいます。

(早月・40才・奈良県)

家族等から保護入院させられる事態を避ける術

まずは自分から気づいて心療内科や精神科へ行って見る。これが出来る人と出来ない人では病気の治り方のスピードに変化があるように思います。何故か?それは 病気の治療の延長線上で社会復帰に向けた取り組みをしていると 気づいてくる方も多いかと思いますが、自分を客観的に見れているか 見れていないか?この違いが大きいのです。

そもそも 病気になるには様々な背景があると思いますが、1番のポイントは重度のストレスです。これが脳に与えるストレスが病気の引き金になる事が多いように感じます。ストレスを受けない人は自分を客観的に見る 仕事を客観的に見る、プレイベートと切り離す。こう言った当たり前の事が出来ているのです。もちろん 全てがストレスのせいでは無いと思います。しかしながら 自分を客観的に見れる人は 自分から病気に気づいて早い段階で病院へ行きます。重症になって 家族等から保護入院させられる なんて最悪の事態を避ける術をすでに学んでいるのです。

病院選びの大切さ。これは誰しも考えると思います。実際 私も病院選びや 先生選びと言ったことを繰り返しました。しかし 実際 これは後々よくない事なのです。なので 始めの先生選びは大切です。出来れば はじめは大きな総合病院等の心療内科での受診をお勧めします。

先生への信頼も大切です。信頼できないと 治るものも治りにくくなります。なので 先に述べた先生選びや 病院選びが大切になってくるのです。又 後々良くないと書きましたが、実際に障害者年金をもらうですとか、長い目で見た治療ですとか 先生が変わってくると分かりにくくなりますし、手続きの際に困る事もあります。病気の根本から教えてくれるような 良い先生にめぐり合えればよいのですが 始めは難しいかも知れません。なので 専門家の立場から見ても 大きな総合病院での初診が安心できる要因なのです。専門クリニックにも良い先生は沢山居ます。そう言った先生を探すのも 自分で決めて安心して任せられる。 そう言った側面から見て 大切なのかなと思います。なので まずは 自分から気づく。これが 様々な意味で重要になってくるのです。

(ダビデ・47才・広島県)

先生から内観療法というのも薦められたが…

私がうつ病になったのは、平成2年の時でした。当時空調機の営業をしていて、最初に出た症状は、喉が圧迫される感じが出てきてんですが、喉の調子が悪いのかなぁと思い、のど飴を舐めながらの生活を送っていたのですが、夏になるにつれてどんどん忙しくなり、毎日謝罪をするばかりで、次第に食欲が落ちていき、体重が44kgくらいまで落ち、このままだと拒食症になると悩んでいましたが、打開策が見当たらず、頭痛もひどくなったので、神経科にその時初めて受診して、診断されたのがうつ病で、先生からしばらくの間休養しなさいと言われ、診断書を書いてもらい、1ヶ月休養しました。その間、営業に戻るのが嫌で、自分で当時ワープロを買い、キーボードを打てるように練習しました。そして、人事にお願いして、内勤に変えていただきました。しかし、それ以降も、薬を離すことが出来ず、ひどい時は休んだりして、なんとか働いてた感じでしたが、薬の副作用で便秘になったり、症状が重くなって、不眠症になったりして、便秘用の薬と睡眠導入材も処方してもらいましたが、結局休みが多いとの理由で、上司から退職を勧められ、その会社は辞めましたが、辞めて別の会社に入っても治らず、次にきたのが脅迫概念で、皆と一緒に食事が出来ないようになったり、不眠症がひどくなり、カウンセリングを受け、先生から内観療法というのも薦められ、藁をもつかむ思いで行ったのですが、やり方が合わず内観療法も諦め、それからは、自分にも、働いている会社にも迷惑かけないようにと思い、社員という肩書きを捨て、パートで勤めるようになりました。おかげさまで、少しずつ快方に向かってはいますが、頭痛は治らず、今も頭痛と不眠症と付き合いながら生活をしています。

(のり・51才・広島県)

思春期のパニック障害は投薬とカウンセリングではなく自宅療養がおすすめ

私がパニック障害になったのは16歳の時でした。
あれ?なんだかおかしいという症状から始まりました。
今でこそ、うつやパニック障害はメディアやTVで良く取り上げられていて知名度もありましたが
当時はそこまでの知名度は無かったように思います。

朝起きられない、ずっとおなかが痛いなどの症状から始まり
内科で見てもらい、脳外科でCTをとってみたり、様々な科を巡り検査しました。
どこも異常はなく、心療内科に通うことになりました。
母が責任を感じ泣いていたのを今でも覚えています。

病院での内容ですが、心理テストをいくつか、カウンセリングが中心でした。
そして、うつの気がある、パニック障害と診断されました。
心療内科はだいたい予約制なのですが待ち時間が多く、予約通りに診察してもらえることも少なく
通うことがストレスでもありました。
また、先生やカウンセラーとの相性も大切です。
いくつか病院も変わったりしながら通院で治療していました。
幸いなことに、両親兄弟には協力が得られ支えはすごく大きかったです。

注意してほしいのは、薬をたくさん出す医者です。
薬はできるだけ飲まない方が良かったなと今になって感じてます。
薬の効果は私はあまり感じることができず、なんで飲んでいるんだろうと思っていました。
なので、いらいらしたらODするだけでした。
カウンセリングに通いゆっくり自宅療養でよかったのかもと今になっては思っています。
又、通院で、重度の患者さんを目にすることはよくありました。
ショックでした。病院に通うことで余計に憂鬱になりそうでした。

思春期などにパニック障害など、そういう病気になる子は多いと聞きます。
病院に通うことも選択肢の一つですが、私は、カウンセリングに通い
薬で治療ではなく、ゆっくり自分のペースで自宅療養というのをお勧めします。
ゆっくり、じぶんのペースでと思うことは難しいかと思いますが
焦らず、ご家族で支えあって、治療して欲しいと思います。

(山田・24才・徳島県)