希死念慮の原因※ある日、自分のキャパシティーを超えてしまい思考能力が低下し・・・

ある日、自分のキャパシティーを超えてしまい思考能力が低下、希死念慮に陥る

某大手人材派遣会社の内勤として勤務していたときの話です。

そのころの業務は、ひどいときは早朝から深夜まで続く大変な激務でしたが、責任感から目の前の業務になんとか食らいついました。

生活リズムが乱れ、寝れない日々。

かなりのハードワークでしたが、やればやった分だけ返ってくる、時にお客様や派遣社員の方から大変に感謝されることもあり、それにやりがいを感じ自身のすべてを投げうっている状態でした。

しかし、あるとき自分のキャパシティをふと超えてしまったようで、気がつけば微熱と下痢が1カ月以上続くほど体調が悪化していました。

思考能力や記憶力が大幅に低下し、仕事上でのミスが目立ち始めました。

知人のすすめで近所の神経内科で診察したところ「中度うつ」と診断され、このままでは悪化し危ないとのことでドクターストップで退職することになってしまいました。

悔しさもありつつ安堵もありつつ、なんともいえない感情でした。

そうしてなけなしの貯金を切り崩しつつ自宅で療養する生活が始まりました。

療養といっても家ではひたすらベッドで横になり、観てもいないテレビを観ては携帯をいじったりと、何もする気がおきず無意味な日々をただただ過ごしていました。

そんな日々が数か月ほど経過した頃でしょうか。

自分に未来がないことに気がつきました。

自分の存在価値がないなら、いっそいなくなった方がいいのではと、希死念慮に陥りました。

そんなどん底から救ってくれたのは「人」でした。

旧友はそんな無価値の自分でも、昔と変わらず接してくれました。

親は時にはぐうたらな生活を戒めつつも、あたたかく見守ってくれました。

元同僚は引きこもっている自分を無理やり連れ出しては、バカ話をしてくれました。

そうして1年後、知人の紹介で別な仕事につくことができました。

ちょうどその頃、自営業を営んでいた親が業績悪化で倒産することになりました。

会社の整理をしたり自宅を売却したりとバタバタでしたが、体調が戻った自分はそんな親のサポートができるほどになっていました。

また、そのサポートをすることで、元の自分を取り戻すことができたのではないかと感じています。

ちなみに今では生活が盤石になり、無事に結婚をして、愛する嫁とふたり仲良く楽しく暮らしています。

結局、人はひとりでは生きられないのではないでしょうか。

ひとりでは弱いので転ぶことがあるかもしれませんが、周りの人のサポートがあれば必ず立ち上がれます。

困難なことは生きていく上で必ずあります。

今でもたまにつらい時があります。

そんなときは人に頼ってはどうでしょうか。

そうして今日も妻に叱咤激励されつつ、つらいことにもめげずに頑張っていこうと思います。

看護士の仕事で自分を追い詰めた結果、希死念慮で頭がいっぱいに・・・

私は看護師として10年勤務しておりました。

部署の異動と親の発病・看病・死・兄弟の子供が生まれ物理的にも精神的にも心が休まる時間がなくなり睡眠時間が2-3時間になっておりました。

親の死後すぐ部署異動があり、まだ心の穴が埋まっていないところへ新たな部署での仕事に慣れること、勉強など自分自身を追い詰めるように必死で仕事をしており帰宅しても倒れるまで勉強をするようになっていました。

ある日の仕事の帰り道「このまま階段から落ちてしまえばどんなにらくだろう。車で海へ突っ込もうか」と思いました。

希死念慮で頭がいっぱいになりました。

ふらふらと帰り道を運転しながら心が爆発しそうで涙で前が見えなくて、車を止めて家族へ電話。

「死のうと思うけど・・・電話してみた。」と。

とにかく一度帰宅するよう説得され帰宅。

家族に辞職したいことを話す。

そこまで辛かったのならまずはゆっくり休んだらと言われ、精神科を受診し休職へ。

薬は合わなかったけれど、精神科医師へ話をしていると心病む人は結構いるようで私だけが異常ではないのかと少しほっとしました。

うつになる人は頑張りすぎてまじめにやりすぎちゃてなった人が多いと思うから、まずはゆっくり休んで無理しすぎない、頑張りすぎないで自分をゆっくり見つめ直してみてほしい。

信頼して話をできる人がいるなら話をしてほしい。

ため込まずに吐き出す、よい解決方法があるかもしれない。

私は職場を辞め貯めていた貯金で自由に過ごす時間を得ました。

今までの苦しみはなんだったのかうそのように何にも縛られず楽しい時間を過ごしました。

今うつで、うつの症状で苦しんでいる方がいるなら、重りになっているものからまずは離れてみてください。

きっと今よりは生きやすくなると思います。

それとなんでも吐き出せる人に話をする。相談できる人がいないなら、文字をかける力がもし余っていれば紙に書きだしたり、ブログにぶつけたりとにかく外に吐き出してみてください。

うつの人はたくさんいる。生きづらくなっている人はあなただけではない。

この時代に生まれてきたことにどんな意味があるかはわかりませんが、苦しむためだけに生まれたのではないから。楽しかった日々を思い出して見てください。

これだけの苦しみの後にこれ以上の苦しみはないと信じて、ただ何もできなくてもいい、生きてるだけでそれが奇跡なんです。

あなたらしい解決策が必ずあるはずでし。たまには周りえお頼ってみて下さい。

うつ病で失業後、ホームヘルパー2級の資格を取り介護施設で働いた

私は平成19年の年にあるお店にて働いていました。

お客様とトラブルを起こしてしまい、会社を辞めなけばいけなくなりました。

解雇ではなく、自主退職をしました。

その後精神的に不安定になり病院を受診すると、うつ病と診断されました。

全くヤル気がおきず毎日死ぬ事を考えました。

それから半年ほど失業していて働かないと生活ができのでホームヘルパー2級の資格を取り介護施設で働くようになりました。

うつ病を持って働くのは辛かったです。

病院を通院しなが薬をのみ仕事をしてました。

それから約8年後くらいに介護をするのが嫌になり、清掃業へ転職しました。

昨年父が他界しうつ病は悪化し昨年12月に入院をしました。

父の他界はすごくショックで未だに受け入れてません。

入院の診断されたのですが抑鬱と診断されました。

退院後、自宅と通院で療養しております。

働く事がてさできないので、今は障害2級の申請が通り障害年金2級を受け取ってなんとか生活をしています。

抑鬱になってから毎日死ぬ事ばかり考えています。

母も抑鬱なので、遺族年金と障害年金と私の障害年金で生活をしております。

母は昨年6月に入院し、今年の1月に、退院して一緒に暮らしております。

毎日のように通院をしています。

最近ではパニックをおこしやすくなっています。

バタバタした時などはパニックで何をしていいのかわからなくなります。

最近で2回注射をしに行く事が多いです。

夜もあまり、熟睡できてません。

薬を飲んでいるのですが、なかなか熟睡感がありません。

毎日によう身体が疲れおります。

また食欲もあまりなく、病院で処方してもらったラコールを飲んでます。

季節の変わり目や天気の良くない日は気持ちが落ちてます。

ネガティブになれずポジティブになっています。

いろんな人に相談したり話したりして少しでも気持ちを落ちかせてます。

眠いのに寝れないのは辛いです。

近々病院をするので医師に寝れない事を相談しようと思ってます。

家の事は私が全部しており毎日疲れはててます。

ホームヘルパーさんを使って食事支度や掃除をお願いしてます。

(アキさんだよ)

社会的不安障害の原因は親から受けた虐待だった

私はうつ病はなんとか良くなりつつありますが、パニック障害・社会的不安障害です。

元々親から叩かれたりと若干の虐待と、妹と比べれたことのストレスを受けていたのがきっかけです。

発症というか気が付いたのは高校2年生の時です。

自傷行為や被害妄想・外出したくないなど、症状様々ですが、とにかく酷かったです。

実際今でも酷い時はカッターナイフに手を出したりしてしまう時があります。

自分でも無意識のうちにやっていることが多く、自覚というか事が終わってから気が付くという感じです。

本当に大変でした。

誰にも理解してもらえないですし、助けを求めても所詮他人・・・。と思ってしまう点があり、相談もできず、保健室登校になったりと親にも迷惑かけました。

そんな環境が嫌で地元から出て、少しでも変われたらと思いました。

実際、都会に出るといろいろな人に会いました。

同じ症状の方や私よりもひどい方、私自身が否定されているような感じだったのが、だんだん消えていきました。

自傷行為をする回数も減り、自分だけで考えることが少なくなりました。

悩みを共感しあえる友達にも会えましたし、それを理解してくれるパートナーにも会うことができました。

外に出たくないと思っていたこともなく、自傷行為もだいぶ減っています。

理解してくれる友達がいるのは本当に私にとって救いです。

あの子がいなかったら、私だけ違うと思っていたと思います。

自分で思い詰めて自分でも想像したくないです。

このことがきっかけで私は悩みを抱えている人を助けようと考えるようになりました。

自分が特殊な経験しているからこそ痛みが分かる・・・。

中途半端な気持ちでアドバイスをしなくなりました。

正直、私はこの症状をみんなに言うことが嫌でした。

自分だけ違う目で見られるのが嫌でした。ですが、これを公表というか他人に伝えることで、同じような悩みを抱えている人の手助けをすることができました。

うつ病になりそうな人を救うこともできました。

その時私はこの経験をして良かったと思いました。

自分の経験が生かせたのですから。

これからも助けを求めている人を見捨てたりしたくない、同じような症状で悩んでいる人の橋になりたいと思います。

私が助けてもらったように、私も助けたいと思いました。

(メープル・21才)

左首の痛み(首筋の痛み)がパニック障害の原因だった!

パニック障害で夜中に急に目を覚ました。

動悸が激しく、恐怖感に襲われ、、、

その原因をいろいろ調べたのだが、首筋の痛みだった。

僕は自力で改善しようとしたばかりに、かなり時間がかかってしまったが、パニック障害を改善した方法を記しておく。

ある日、突然起こった中途覚醒

たぶん、僕のパニック障害の症状は、重症の人に比べると甘っちょろいものなのかもしれない。

でも、僕にとっては、はじめての体験で、すごく恐怖を感じたんだよ。

僕は、もともと酒が好きで、深酒をする癖があった。

その日も、仕事を終えて、夜12時ごろまで酒を飲み続けていた。

 

飲酒は毎日の習慣だったんだよね。

20年近く続いていた習慣。

 

酒を飲んで、ぐっすり眠って、ストレス解消。

そんな風に思っていた。

 

でも、いつものように、12時に寝たら、1時ごろに、激しい動悸を感じ、飛び起きたんだよね。

心臓がバクバクと動いているのが感じ取れる。

それだけではなく、体が震えてるんだよね。

 

しかも、寝てから1時間ぐらいだから、まだ酒が抜けていない辛い状態。

そんな、不安定な状態の時に、不安感や絶望感が頭をよぎるんだよね。

こんな人生でいいのかっていう絶望感。。。

 

部屋の中で、一人ぽつんと立って、体を震わせながら、顔を殴ったりして、その悪い妄想を断ち切ろうとするんだけど、なかなか恐怖心がなくならない。

やっと、鼓動がおさまり、震えも消えて、落ちつきも取り戻したんだけど、目をつぶったら、また、同じような絶望感が襲ってきそうで、目をつぶることができない。

仕方がないから、本を読んで過ごしたんだけど、深酒の影響で、ものすごく気分が悪いんだよね。

それで朝まで本を読んで過ごして、眠気が襲ってきたところでやっと目をつぶることができた。

 

夜中、突然、目を覚ますことを中途覚醒って言うらしいけど、この中途覚醒を結局、3回体験することになった。

このままだと、自殺願望が生じる危険があるって思ったので、酒をやめて、パニック障害対策をするようになった。

首筋の痛みが自律神経を乱し、パニック症状をもたらす

僕は、IT系の仕事をしてるから、ネットで情報収集することにした。

それで、興味を持ったのが、首コリとパニック障害の因果関係について論じたサイトだった。

首コリが激しい人は、パニック障害や自律神経失調症になる可能性があるらしいんだよね。

これだ!

って思った。

 

僕は、IT系の仕事で、毎日朝から晩まで、パソコン作業をしてたんだよね。

それで、パニック障害の症状を起こしたとき、首の痛みが最高潮に達していたんだよね。

元々、僕は、肩こりを感じない体質。

だから、左首の痛みを感じても、それが、首コリだとは思っていなかったんだよね。

ただ、最近、左首が痛いなって思っただけ。

でも、その痛みが、痛烈なんだよね。

ツーンとする痛み。

首コリが究極に達するとこんな風になるのだと思う。

首というのは、頭と体を繋げてるよね。

それで、自律神経がたくさん通っているらしい。

(僕は、医学に詳しくないので、ちょっと強引に解釈してますが・・・)

それで、首筋に痛みがあるということは、自律神経に乱れを生じさせることになる。

自律神経というのは、体のあらゆる機能の働きを調整する作用があるから、自律神経が乱れると、動悸が激しくなったり、体が震えることがあるらしい。

まさに、僕の中途覚醒の時の症状。

パニック障害とか、自律神経失調症というと、すぐにストレスが問題だとイメージしてしまう。

少し大胆な説なんだけど、僕は、共感できた。

また、僕が知っている女性にも、極度のパニック障害で、入院までした人がいるんだけど、この首の痛みの話をしたら、やっぱり彼女も首が痛いっていうんだよね。

だから、ネットで首筋の痛みがパニック障害を引き起こす説が載ってるよって教えてあげたら、大喜びしてた。

確かに、精神的な問題も、パニック障害を助長していると思う。

首コリが自律神経が乱れたとしても、普段、不安要素が全くないような幸せな人は、僕のような絶望感を感じることはないと思う。

でも、自律神経が乱れた時、少しでも、精神的な悩みとかがあると、頭をよぎってしまうのだと思う。

動悸が激しくなって、体が震えていると、精神的に虚弱な状態になっているから、人間の弱さが出てきてしまう。

そういうことなのだと思う。

すぐに効果が出た!マッサージ方法とストレッチ

僕としては、もう二度とパニック障害を起こしたくないって気持ちがあった。

寝るのが怖いんだよね。

 

夜中に起きて、あの絶望感に襲われるのが怖いんだよね。

 

でも、左首の痛みが原因だったら、これを揉みほぐしただけでも、自立神経の乱れはなくなるよね。

そう思って、早速マッサージをしてみた。

そしたら、気持ちいい!

いままで、揉みほぐそうなんて発想すらわかなかったからね。

 

それで、毎日、揉むようになったんだけど、それだけで、とりあえず、心に安心感が生まれるんだよね。

首コリの根本的な解決にはなっていないのだけれど、一晩は、首の血行がいい状態だから、中途覚醒+パニック症状は怒らないだろうって考えることができた。

だから、安心して、眠りにつくことができた。

 

でも、これは応急処置に過ぎない。

パソコン仕事をやめるわけにはいかないので、首の痛みはどんどん激しくなっていく。

 

いろいろ、対策はするようになった。

パソコン作業は椅子には座らないで、バランスボールを使っている。

最近、テレビでIT系の会社が紹介されると、バランスボールを使っている社員を見かける。

たぶん、腰痛や首コリや肩こりに悩まされている人が多いのだと思う。

 

でも、バランスボールだけではダメ。

 

一番効果的なのはストレッチなんだよね。

ストレッチぐらい独学で出来るとか思ってしまうけど、経験者から言わせてもらと、首のストレッチは、プロに教わらないと、逆に首を痛めてしまう。

僕も最初は下手なストレッチをしたために、首がよけい痛くなってしまった。

ストレッチを続ければ、痛みも取れるだろうとか思ったのだが、どんどん痛くなる。

だから、首の自律神経の事をよく理解した専門の人に指導を受けた方がいいと思う。

もし、家の近くに優秀なマッサージ師がいるというなら、その人にお願いしてもいいんだろうけど、マッサージって結局、応急処置なんだよね。

だから、根本的な解決にはならない。

 

今すぐできる首の痛み改善法は枕を捨てる事

ストレッチの方法は、さすがに文字で伝えることは出来ない。

でも、一つだけ、面白い情報がある。

ストレートネックについて調べていたら、どこかの先生が、枕を使わないほうが楽だって言ってたんだよね。

いい枕を探すのではなくて、枕を使わないっていうのが最高の選択肢だった。

枕を使わないで寝るようになったら、熟睡できるようになったからね。

 

ちなみに、最近は、また、枕を使い始めた。

首の痛み大分取れて、正常な状態になったから、枕があっても、首に負担にならない。

枕と首の痛みの因果関係は、僕にも良くわからないんだけど、試してみる価値はあると思うよ。

枕をとったら、急に楽になった。

(首男・40才)

大阪障害者リワークセンターのカリキュラム

私は28歳の会社員です。平成27年4月3日から休職しております。原因は職場の人間関係のもつれによるうつ病です。学生のときから引っ込み事案な所があり、自分なりの意見や考え、芯などは持ち合わせているつもりでいます。しかし引っ込み事案の性格が災いしたのか、自分の考えを表現するのがほんとうに不器用で学生の時にお前は成績はよいのだか、言語能力が低い、しっかりしろと言われたこともありました。自分ではこういった在宅ワークの文章作成やPCの活用には自信があります。ですからこのように投稿することもできます。本当に人間関係だけでうつ病となりました。そして休職して一年が経過し、心の方も回復して、会社の産業医からリワークの話を持ち込まれ、今年の4月から大阪障害者リワークセンターと呼ばれる、公共施設に通うことになりました。カリキュラムは約半年間で組まれておりました。しかし、7月でリワークは中断することになりました。途中で行くのがつらくなったのです。リワークの人間関係も原因の一つだったのかもしれませんが、それ以上にスーツを着用して電車による、それだけでも、忌々しい職場にいたときの記憶がフラッシュバックしてきたのです。職場では本当にいじめの状況でした。学生の話ではないですが、結果としていじめる方が周囲から見て悪いとされますが、それ以上にいじめられるほうに原因があります。いじめるほうは何事においてもやるべきことを大概の人がやっております。だからツッコムことや嫌味などの言えます。それは私にも言える部分があることも理解しております。しかしそれを差し引いても私をつぶそうとしてきた人間が許せません。コーヒーメーカーを腕に当てられ、火傷を負わされたこともありました。そしてこのような事を思い出し、憎いと思ってしまう自分はまだ職場に復帰はできない、そう思いリワークを中断しました。時間をかけて自分の中の憎しみを消していきます。休職期間は3年間、あと半年から一年休職します。

(くろっち・28才・大阪府)

発達障害、ADHDとアスペルガー症候群の自立支援医療費の受給

私は発達障害、ADHDとアスペルガー症のため、自立支援医療費の受給を受けています。

病院に通い始めたきっかけは、パニック症、不安症、不眠症が混合して発症してしまい、仕事に支障をきたすようになってしまったためです。通院当初は、抑うつ症と診断され、通常の抗うつ剤を処方されていたのですが、一向に良くなることがありませんでした。

通院し始めて2ヶ月ほど経った頃、主治医から新たに問診を受け、そこで初めて発達障害であることが分かりました。自分が発達しょうがいであると分かったときは、なぜか納得してしまいました。何となくですが、周囲とのズレをずっと感じていたからです。

そこで新たにストラテラという薬を処方されました。この薬は、段階的に服用量を増加してく薬で、さらに新薬のためジェネリック薬はありません。処方され始めは薬の量も少ないので、通常の保険で充分だったのですが、薬の量が増えてくると2週間分の処方で約1万円以上かかるようになってきました。

その時になって主治医に相談すると、主治医も薬の値段を知らなかったらしく、相当に驚いていました。診察後にソーシャルワーカーを紹介され、自立支援医療費の受給制度の事を知りました。ソーシャルワーカーの説明を聞いていると、よっぽど重大な精神疾患でないと適用されない制度かと思っていましたが、医者の診断書があれば、役所の窓口で申請できる制度でした。

認可が下りるまで、約1ヶ月かかりましたが、おかげで負担額がかなり減ったので安心して通院できるようになりました。認可が下りるまでは経済的にも精神的にも厳しいものがありましたが、現在では職業訓練などのリハビリも順調で少しずつではありますが、症状が抑えられている実感があります。

(よいちろ・35才・北海道)

自立支援法は一度申請が通れば、あとは一年に一回更新の事務手数料だけ

私が精神疾患にかかったのは、18歳の時でした。最初は電車に乗っているときに異常な不安感に襲われるという、パニック障害でしたが、私が発症した時は、まだパニック障害についてあまり知られていなかったので、不安神経症という診断名で心療内科を受診していました。その後、症状は一進一退を続け、やがてうつ病になってしまいました。

病院を変え、自宅近くのクリニックに通院することにしました。このクリニックでは、色々な種類の薬を大量に処方されました。それでも主治医の言うことを信じて服薬を続けるようにしましたが、状態は良くなるどころか余計にわるくなっていきました。この時飲んでいた薬は1日に30錠は超えていたと思います。それだけの薬を飲まなければいけないし、2週間に1回の診察代も苦しくなってきたので、そのクリニックに相談できるソーシャルワーカーがいたので相談したところ、自立支援法で医療費が補助されることを知りました。

その後、薬漬けの毎日を断ち切る為28歳のときに精神疾患専門の病因に3カ月間入院しました。入院の費用は、自立支援法ほ医療費補助対象外のため、何とか高額医療補助制度でまかないました。退院後は、その入院していた時の主治医と信頼関係を築くことができたので、引き続きその病院に今でも通院しています。診察代と薬代が全額補助されるので非常に助かっています。

自立支援法の申し込み手続きですが、精神疾患を診てくれる病院なら相談したら手続きについて教えてくれると思います。最初は書類を書いたり、主治医の意見書のようなものが必要なため時間はかかりますが、一度申請が通れば、あとは一年に一回更新の事務手数料がかかるぐらいです。そんなに高くはありません。普通に3割負担で診てもらった時の1回の診察代と薬代ぐらいしかかかりません。それで一年間医療費補助を受けられるのだから、可能であれば是非自立支援法の手続きをする方が良いと思います。

精神疾患との闘いは、非常に長いものになると思います。風邪や怪我を治療するようにはいきません。そうした長期戦も見据えて是非医療費補助制度を申請することを経験者としてお勧めしたいと思います。

(ryu・37才・大阪府)

自立支援医療はハローワークもバックアップしてくれます

自分自身が精神的に病む事など、全くの想定外でした。

でも、気付かぬうちに無理に無理を重ね、忍耐・我慢をし、仕事を続けていました。

少しの時間立ち止まり、自らを振り返り、休息をとる選択をしなかったこと、悔やんでいます。

日々忙殺されていた為、自らの異変に気付いたのは、割と遅かったと思います。

思います、と言う漠然とした表現は、その頃の記憶がとても薄いのです。

その位、追い詰められていたのではないかと、今は振り返ってそう思います。

病院に行くきっかけは、健康診断とメンタルチェック、産業医面談での医師の意見でした。

自宅に帰っても、常に仕事が気に掛かり安らげない、休日も仕事のプランニング、体は疲れているはずなのに眠れないなど。

体調に異変があると、何とか治癒するように自ら努めますが、どう努めてよいのか分かりませんでした。

とりわけ頭痛がひどく鎮痛剤も目立った効果が見られず、脳神経外科・精神科に初診で診察に行きました。

投薬治療をメインに、しばらく通院しました。数ヶ月経過して、診察での私の様子よりうつ病だと診断されました。

診断を聞いた時、もう私は自力で決断できる判断力もなく、ただただ泣いてばかりで混乱していました。

会社の休職制度を利用し、3ヶ月休暇をとったのち、退職を決断しました。

復職して、以前と同様のパフォーマンスを発揮できると思えなかったからです。

退職して無気力な状態が続き、食事を始め何もかもに興味を感じなくなりました。

医師はそんな私を見て、長期かかると判断したのでしょう。自立支援医療の手続きを勧めてくれました。

保健福祉センターに行き、診断書を添えて申請し、受給者証が郵送されてきました。

特定の病院の診療代と調剤薬局での投薬代が、三割→一割負担になるものです。

この受給者証の手続きをした事、医師が早々に判断し勧めてくれた事は、ありがたいと思っています。

時がたち、ハローワークで就職活動を始めました。フルタイムではなく、パートタイムで探しました。

ブランクがある事から、ハローワークで行われている、ビジネスマナー講習・PC講習など無料で受講しました。

一番伝えたい事は、「心が悲鳴をあげてからでは遅い」のです。悲鳴をあげる前に、少し立ち止まって思い切って休みましょう。

自立支援医療は、本当にありがたい制度です。ハローワークもバックアップしてくれます。

周囲に相談して、心の声を聞いてもらいましょう。何よりも、自らを大切にできるのは、あなたしかいません。

勇気を持って、全速力でダッシュする日々から、スキップして穏やかに過ごす日々にしてみませんか。

(エミオ・40才・福岡県)

メンタルヘルスサービスを行っている企業のコンサルタント

私は、職場の人間関係で、うつ病になりました。所属していた上司と合わなかったのです。自分の症状について、おかしいと自覚を持ち、精神科医に診断を受けました所、やはり、うつ病と診断されたのです。

医師の診断を受け、アドバイスされた治療方法は休職をして体を休めることでした。一方、私は診断書を会社に提出し、自身の状況を報告しました。そして、会社からは、会社が制度として導入しているメンタルヘルスサービスを受けるよう、指示を受けました。メンタルヘルスサービスを行っている企業のコンサルタントと面談をしました。すると、そのご担当者も、休職することを勧めてきました。会社に対しては、医師の診断として休職が必要であること、また、メンタルヘルスの立場で見ても休職は必要であることと報告をしていただけたのです。私は、約2週間ほど、休職しました。

休職から復帰する際、メンタルヘルスサービスを提供している会社の担当者と面談をしました。担当者によると、これから職場復帰支援のメニューを行うとのことです。メニューの策定にあたっては、私との面談の他、当時の上司、そして人事部担当者ともそれぞれを面談を行い、3者間の調整を行っていただきました。その過程では、私がうつ病になった原因を踏まえ、会社に部署の異動を進言されたようです。そういった職場復帰支援を受けることで、私は、復職後は違う部署で仕事をすることになりました。
復職してからは、上司が変わったこともあり人間関係には気を遣わずに済むようになりました。また、復職後もメンタルヘルスサービスの担当者は、職場復帰支援が順調に行っているか確認をするため、私、上司、人事部の3者と定期的に面談を行い、問題点、再発リスクの確認をされていたようです。

私は、そういった職場復帰支援の手厚い保護により、復職後はとても安心して会社に出勤できるようになりました。そして今では、うつ病もほぼ治り順調に会社生活を送っております。医師による投薬の治療もうつ病治癒においては必要でしたが、私にとってはうつ病の原因が職場の人間関係にありましたので、職場復帰支援において、その直接的な原因を取り除くように動いていただけたことがうつ病治癒の最大の理由だったと思います。私は、自分のそういったうつ病の体験から、勤められている職場に職場復帰支援のメニューがある場合には、利用されることをおすすめします。

(t326・40才・神奈川県)

建築設計の仕事で精神がオーバーヒート、鬱病になり自立支援医療費を受給した件

私の病名は鬱病です。その症状が出始めたのは、今から8年程前になります。どのような原因で私がこの病気になったかといいますと、仕事が建築設計の仕事をしているため、長時間労働と一人で抱えていた仕事のキャパオーバーが原因で、私の精神がオーバーヒートを起こしました。

私の主な症状は、吐き気、不眠、食欲の低下、倦怠感、集中力が続かないといった症状に悩まされていました。特に辛い症状が吐き気でした朝起床すると同時に、強い吐き気に襲われこれを何度となく一日に何回も起こりました。その為事務所にも出勤することができなくなり、このままこの事務所にいては、私の体はボロボロになるといいう不安に悩まされました。それでやむなくっこの事務所を退職することとなってしまったのです。

退職した後もやはり吐き気の症状は、治まることはなく一日中吐き気に襲われて、これは普通ではないと思い、母の薦めで今の心療内科を紹介してもらい今も通院しているという具合です。退職した旨を主治医である医師に鬱になった経緯と症状をお話して、薬を処方してもらい3ヶ月程で吐き気の症状が完全に治まりました。ですが、この鬱の病気は、これで治ったというわけではありませんでした。

それから5年後の現在もまた、あの時と同じ症状に襲われることになったのです。それでとうとう、医師にこれ以上高額な医療費を、毎月支払っていくには、今の私の精神状態ではまともに働くこともできませんと申し出た時に、先生からこの自立支援医療のお話を聞くことができたのです。私はすぐに医師に診断書をかいてもらい申請をしました。それからは収入が減額されてしまった現在も安心して診察や血液検査を受けることが、出来るようになり経済的にとても私にとって助かっている制度だと思っています。

(W・40代・男)